神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

わんだふる神姫ライフ 第41話

「あの、遅くなってすみませんでした」
 あたしはそう言いながら、姫宮先輩のそばまで歩いていくと深々と頭を下げた。
 いくら温和な先輩でもさすがに怒っているだろうと、上目遣いにソ~っとのぞき見てみ
たが、先輩はいつもと変わらぬ慈愛に満ちた笑みをたたえているだけだった。
『ふん、まるで宮本武蔵気取りとは、いい御身分だな?』
 その代わりといっては何だが、姫宮先輩の隣にあるコンソールの方から肌を切り裂く
烈風のような声があたしに、ううん、多分あたしの胸ポケットにだろうけど、投げかけら
れた。
 あまり気は進まなかったけど、声の方を見てみると、レスティーアが憤怒の形相であた
しの胸ポケットから顔だけ出しているトロンを睨みつけている。
 レスティーアはトロンの所為と決めつけているようだけど、実は、今日遅刻したのはトロ
ンではなく、あたしが寝坊してしまったためだったりした。
 レスティーアとの再戦を明日に控え、クレイドルの上ですごい格好で爆睡中のトロンと
は対照的に、なぜかあたしは目が冴えてしまい、まるで寝れない状態だった。あたし自身
が試合や立ち合いを前にこんな事になったことは一度もなく、なんで当時者であるトロン
がスヤスヤと寝て、あたしがこんなに緊張しなきゃいけないのかと、あ~でもない、こ~
でもないと考えているうちに時間が過ぎ、あたしがようやく寝入ったのは明け方になって
からだった。
「あのね、レスティーア。違うの、今日はあた……」
 慌ててあたしはレスティーアに理由を説明しようとしたが、意外なことにトロンがそれを
遮った。
『ボクが武蔵ってことは、レスPは小次郎ってことだよね? それじゃあ、戦うまえから決
着がついちゃってるよ?』
 ことにソウルテイカーを装備し、やる気満々のトロンが、金色の双瞳に意地の悪い光を
宿しポツリとつぶやく。
 たちまち、レスティーアのこめかみに青スジが浮かぶ。
 この後、トロンとレスティーアの間でまたひと騒動あり、ふたりのバトルが始まるのがさ
らに遅れる事となった。
     
                     わんだふる神姫ライフ
 
               第41話     「再戦」
 
 レスティーアが選んだバトルフィールドは、なんの特徴もないただの市街地だった。
人の気配すらなく、その多くが崩れ落ち、無残な姿をさらしながらもなお屹立するその様
は、まるで巨大な墓標の群れのように見えた。
 ごくごくありふれたバトルステージだったけど、あたしも、そしてトロンにとっても決して
忘れる事のできない場所。
 そう、ここは初めてトロンがレスティーアと戦った場所だった。

 レスティーアがここを決戦の地と選んだ時、トロンは少し呆れたように笑っていたけど、
実際フィールドに転送されると、感慨深そうに辺りの景色を見入っていた。
 そして大勢のギャラリーの見守るなか、ふたりの戦いを知らせる電子音が鬨の声のよう
に響き渡る。
 
                          ※
 
 あたしと姫宮先輩の座るシュミレーターを、取り囲むように集まっていた人たちの間か
ら、ヒソヒソと話し声が聞こえ始める。
 ほんとうなら、これはマナー違反というものだけど、周りの人たちの気持ちも充分わか
るだけに、あたしは怒る気にもならなかった。
 そもそもの原因はトロンとレスティーアにあった。バトルが開始されてからもう十分が
過ぎようというのに、ふたりは最初にフィールドに降り立った位置から互いを見つめたま
ま、一歩も動かないのだ。
 
                    いや、動けないんだ。
 
 あたしには、今のふたりの考えが手に取るようにわかった。
 一般的な神姫と違い、一切の射撃武器をもたないトロンたちにとって間合いはなにより
重要なことだった。これは自身の技量が上がれば上がるほど軽視できることではない。
 軽率な動きは、致命的な結果を招きかねない。それだけにふたりとも互いを牽制し、動
きたくとも動けない、自縄自縛ともいえる状態に陥ってしまっている。
 あたしも姫宮先輩もそれがわかりすぎるほどわかっているだけに、互いの神姫に適切な
指示ができず、現状を固唾を呑んで見守る以外に為す術もなかった。
 
                  せめて、何かきっかけがあれば……
 
 そう考え、インカムのマイクを口元に引き寄せたあたしだったけど、口を開く前に耳に
当てたレシーバーから聞こえてきたくぐもった声に眉をひそめた。
 それは、すぐに含み笑いの形をとった。
『フフフフフフフフフッ』
『こんな時に、いったいどういうつもりだ?』
 いきなり笑い出したトロンに、あたしを含めたみんなの思いを代表するかのように、い
ぶかしげにレスティーアが問いただす。
『いや、『フ』が十個で、豆腐(十フ)…………なんちゃって♪』
 

                         さ、寒いッ!
 
                    いきなり凍りつく場の空気!
 
 あたしは思わず服の襟元を合わせると、真向かいに腰掛けている姫宮先輩に視線を向
けた。先輩の口元から規則正しく漏れる息にも、あたし同様、白い物が混じっていた。
『くっ! きさまぁ……ふざけるな────ッ!!』
 トロンの記録的な寒波をともなったオヤジギャグに、断ち切られた緊張の糸。
 その両の碧眼に怒りの炎を宿し、鞘から抜きはなった剣を振りかざすと、レスティーア
は一気にトロンとの距離を詰める。
 あたしのインカムに、慌ててレスティーアを静止させようと、必死に話かける姫宮先輩
の声が響いた。
「落ち着いてレスティーア! トロンは今、『フ』を九回しか言ってないわ!」
 
あ、あの先輩。ソレ、決定的に何か間違ってませんか?
 
 あたしは心の中でとりあえず姫宮先輩にツッコミを入れると、全身をかつてない脱力感
に苛まれながら、目の前で繰り広げられる因縁の死闘に、食い入るような視線を送った。
 全身を怒りの炎で包んだレスティーアが、滑るようにトロンに近づくと、構えた長剣を 
一瞬の躊躇なくトロンに叩き込む。
 スピード、タイミング。どれひとつとっても申し分のない一撃だった。
 だが、トロンの身体を貫通するはずの必殺の刃は、トロンの手刀にその軌道を逸らされ、
何もない空間を貫いている。
 唖然とした表情を見せるレスティーア。でもさすがに彼女も百戦錬磨のつわものだった。
 驚愕の表情を浮かべながらも、トロンと接することの愚にすぐ気づくと、かろやかなバッ
クステップで数歩後退し距離をとり、剣を大上段に構えると間髪入れず袈裟懸けに切りつ
ける。
『何?』
 レスティーアの顔に浮かんだ会心の笑みが瞬時に凍りつく。自分としては完璧なタイミ
ングでの攻撃と思ったのだろう。だがその一撃も、さきほどと少しも変わらぬ位置にある
笑みを浮かべたトロンの顔に、一瞬その動きが驚きとともに止まってしまう。
 そう、それは以前トロンが戦った、紅緒タイプの神姫が浮かべたものとまったく同じ表
情だった。
『くっ』
 唇の端に皮肉めいた笑みを浮かべ、ゆっくりとした動きで自分に腕を伸ばしてきたト
ロンを目で追いながら、レスティーアはいきなり後方へと跳躍しようとしたが、その動き
はすぐに止まってしまう。
『!?』
 理由がわからず足元に目をやるが、トロンに自分の爪先を踏まれているのに気づくと、
これ以上はないほど碧眼を見開く。
 トロンはこのチャンスを逃さず、一瞬の間を置くことなくレスティーアの胸元めがけて鋭い
掌底突きを放つ。
 レスティーアの鎧の胸の部分に叩き込まれた掌底突きの直後に、ソウルテイカーの掌
にしこまれたP・Bがさく裂し、その威力を倍加させる。
 ただでさえバランスを崩していたレスティーアにとって、この一撃は強烈だったらしい。
もんどりうって後ろに向かって吹き飛ぶとばされる。
『よっしゃ! まずは先制ポイントGET! って──うそ?』
 この隙に追撃を、とトロンは考えたのだろう。勇んで走り出そうとするがたたらを踏ん
で止まってしまう。
 なんとレスティーアは、あれだけの重量をほこる甲冑を身に着けながら鮮やかに身体を
回転させると、左手一本で態勢を整え、一瞬の間もなくトロンめがけて突き進んだのだ。
『ちっ!』
 トロンは鋭い舌打ちをしながら、怒りも表情もあらわに繰り出すレスティーアの突きを
手刀で捌くと、間髪入れずレスティーアの右手首をつかみ、そのまま関節を一気にひねり
あげる。
 でも、さすがはレスティーアだった。完璧に関節を極められ、苦痛に顔を歪めながらも
剣を離そうともしない。トロンもこのままでは埒が明かないと思ったのか、態勢のくずれ
たレスティーアの足を軽く払う。さすがのレスティーアもこれにはたまらずクルリと回転
しながら地面に叩き付けられてしまう。
『やれやれ、ここまでやってもまだ武器を離さないとはね』
 思いどおりの展開にならない現状に、トロンがなかば呆れたようにレスティーアに話し
かける。
 今の一撃で意識が混濁していたレスティーアだが、トロンの口調にはっとして半身を起
こし、トロンを睨みつける。
その端正な顔が恥辱に染まる。
「レスティーア、落ち着いて」
 この戦いが始まってから、一言も発しなかった姫宮先輩の声が、マイク越しに聞こえて
くる。
「まずはトロンの一挙一動から目を離さないで、あなたならわかるはずよ」
 こんな状況だというのに、まるで動じない口調の先輩。
『姫……わかりました』
 レスティーアの返事に、かすかにうなずく先輩。そしてレスティーアは、トロンの方に
向き直る。さっきまでの怒気がうそのように消えていていた。
 レスティーアは大きく息を吸い込むと、静かに剣を構え、トロンめがけて突き進む。
 その迫力に、一瞬気圧されるトロンだが、すぐに思い直しレスティーアの攻撃を真っ向
から迎え撃つ。
 火花を散らし響きあう鋼と鋼。だが、レスティーアの表情がみるみる曇る。いかにも戦
いずらそうなレスティーア。まだ彼女は気づいていない。トロンとレスティーアの間合い
が、わずかに短くなっていることに。
 
 そう。この“間合い”こそ、あたしがトロンに最後に教えた技、“半歩”の全てだった。
 バトル開始時に、トロンとレスティーア自身のとった行動が如実に物語っているように、
距離を詰めた戦いをする者にとって、間合いはなにより重要な要素。
 そして“半歩”とは、相手の間合いにあえて自分から踏み込み、相手の攻撃のリズムを
崩してしまう技だった。
 ほんの少し、相手の間合いに踏み込むだけの技……なんのことはない、単純な技だと
考える人のほうが多いと思う。でも、より多くの鍛錬を積み、研鑽を重ねた者にとって間合
いとは、不用意に踏み込んだ者に必殺の一撃を与える“絶対領域”ともいえるもの。それ
だけに“半歩”はつねに“死”と背中合わせの技だった。
 今のところ、戦いの流れはあたしの予想どおりだった。でも、レスティーアがこのまま
易々とトロンに勝ちを譲るとは到底思えない。
 そんな時、一発の打撃音があたしの思考を打ち破る。はっと前を見ると、トロンの一撃
を受けたレスティーアが、頬をぬぐいながらトロンを睨みつけていた。
 レスティーアの視線も気にせず、トロンのお気楽ボイスがインカムのマイクを通して聞
こえてきた。
『どうやら勝負はみえたかな? ま、ボクとリンの愛の結晶である“半歩”には、かない
っこないからね』
「……おぞましい例えを使うんじゃない!」
 あたしは二の腕にびっしりと浮かび上がったトリハダを横目で見ながら、また調子づい
てきたトロンを諫めた。
 ここらへんは芝居なのか、トロンの生来の性格なのか、いまだにあたしには判断がつか
なかったが、後者ならばある意味致命的だろう。
「レスティーアを相手に、ずいぶんと余裕ね。あとでその得意顔が、泣き顔にならなきゃ
いいけどね」
 あたしはあえてトロンの気を引き締めるために、辛辣な言い方をした。案の定、トロン
は不満そうな顔をする。
「だいたいあんたはね……」
『リン、ちょっとタンマ!』
 ちょうどいい機会だからと、一発説教をと思ったあたしだが、いきなりトロンが話の腰
を折ってくる。今度はあたしが不満そうな顔になる。
「何よ!」
『……ごめん。リン、前言撤回』
「へ?」
 神妙な顔で前方を指さすトロン。釣られて向けた視線の先には、レスティーアが音もな
く立っていた。その表情には、さっきまでの激しい焦りも怒りも微塵も感じなかった。
 静かにトロンを見つめていたレスティーアが、誰に聞かせるでもなくぽつりとつぶやく。
 
                  『……なるほど、“間合い”か』と。
 
               今度は、あたしとトロンが息をのむ番だった。
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