神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

わんだふる神姫ライフ 第43話

 先に動いたのはトロンの方だった。
 ようやく会得した“半歩”のなんたるかを瞬時にレスティーアに見抜かれ、はたから見
れば自暴自棄の特攻と移ったかもしれない。
 でもあたしにはわかっていた。トロンの戦意は少しも損なわれていないということに、
そして、トロンの心情に気づいている者がもうひとりいた。
 一切の迷いもなく一直線に自分に向かってくるトロンを見るや、レスティーアは愛用の
長剣を両手で握り締め、その切っ先を天にかざすように構える。
 あたしはそれが、レスティーアのトロンに対する敬意であることにすぐに気づいた。そ
してトロンもまた、彼女の思いに気づいていたのだろう。
 その口元にかすかな笑みが浮かんでいた。
 
                   わんだふる神姫ライフ
 
             第43話     「死闘」
 
 トロンはなんのためらいもなく、鈍い光を放つ漆黒の右手を貫き手の形にとると、一気
にレスティーアの間合いに踏み込む。対するレスティーアは静かに長剣を構え、トロンを
迎え撃とうとする。
 ただの貫き手と長剣。そのリーチの差は歴然であった。だけどトロンは、そんなことは
お構いなしといわんばかりにレスティーアめがけて右手を叩き込む。
 その瞬間、異様に長い指先から真紅のビームソードが発生する。
『な、何ッ?』
 自身に届かぬことがわかっていただけに、わずかに反応のおくれたレスティーアの顔が
強張る。
『くそっ!』
 けれど、忌々しげに紡ぎだされた声はレスティーアではなく、トロンの唇から漏れたも
のだった。
 間一髪のところで下から突き上げるように払った長剣は、トロンのビームソードの軌道
を変え、必殺の闘志をこめた一撃はレスティーアの頬をかすめるように通りすぎていた。
 短い舌打ちとともに、今度は左手のビームソードを発生させたトロンは、そのまま横殴
りにレスティーアの胴を狙うが、自身の左手を襲った衝撃にトロンの金色の瞳がこれ以上
はないというほど大きく開く。
「……鞘……」
 ひときわ激しい光を放ち、トロンの一撃を受け止めているものがなんだが理解した時、
あたしはトロンの心情を代弁するかのようにつぶやいていた。
 トロンとの初戦で、とどめの一撃は放った鉄製の鞘。あの時と同じ、自分の一撃を封じ
られたのを思いだしたのか、トロンが苦渋の表情を浮かべる。
 本来なら、それなりの強度をもっているといっても所詮は鉄。とてつもない高熱を放つ
ビームソードのまえには無力なはずだが、神姫バトルの固有のアイテムに威力や耐久力
の数値が設定されている以上、それを上回らない限り現状ではどうにもならなかった。
 おそらくトロンのビームソードは見た目ほどの威力は備わっていないのだろう。
 右手のビームソードを長剣に、同じく左手は鞘に阻まれ、トロンはレスティーアを目の
前にしながら仁王立ち状態になってしまった。
 でも、ふたりの拮抗はほんのわずかの間だった。両手に展開させていたビームソードの
輝きが突然消えてしまったのだ。
 それが、意図的にトロンが行った結果だとあたしが気づいた時には、自分を支えていた
力がなくなり、驚愕の表情でレスティーアが前のめりに倒れこむ最中だった。
トロンはそれを見てニヤリと笑うと、間髪いれず、レスティーアめがけて膝蹴りを叩き
込む。漆黒の矢と化した膝蹴りが蒼穹の鎧に触れたとたん、一瞬の閃光と激しい衝撃がレ
スティーアを襲う。
「あれって、P・B?」
 鎧の胸の辺りから、一筋の白煙をたなびかせながらバランスを崩すレスティーア。
 タイガとの戦いで勝敗を決めたP・B。あの時は、掌と拳に装備されたものしか使わな
かったけど、どうやらアレと同じものが膝のアーマーにも仕込んであったらしい。
 唖然としていたあたしの視界の端に、一瞬黒い影がよぎった。
『ぅおおぉぉぉおッ!』
 その影がトロンだと気づいた時には、固く握り締められた拳がトロンの雄たけびととも
にレスティーアの胸元に吸い込まれていた。
 さっきとは比べ物にならない輝きが視界を覆い、激しい轟音が鼓膜をゆさぶる。
「レスティーアッ!」
 鎧の破片を撒き散らしながら、宙を舞っていたレスティーアがアスファルトに落ちる音
を同時に、姫宮先輩の悲痛な叫びがフィールドに木霊する。
「トロン!」
『ハァ、ハァ、ハァ……わかってる』
 コンソールの一点を食い入るように見つめていたあたしの声に、荒い息の下、トロンが
レスティーアから視線を外さず、かすれたような声で答える。
 トロンの放った一撃は、レスティーアにかなりのダメージを与えていた。でも、まだレ
スティーアのL・Pはゼロになってはいない。
 トロンは大きく息を吸い込むと、決着をつけるべくレスティーアめがけて一気に走りだ
す。けれど、レスティーアまであとわずかというところで、突然トロンはその動きを止め
てしまった。
 レスティーアが倒れ付した辺りから、微かな、それでいて鋼の如き強さを秘めた声が響
いたためだった。
『まさか……これ程とはな……』
 消え入りそうなつぶやきとともに、レスティーアの頭が持ち上がる。その光景を食い入
る様に見ていたトロンだったけど、その身体は射すくめられたようにピクリとも動かない。
 トロンから視線を外すことなく、その片頬に笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がるレス
ティーア。その動作は、気品すら感じるほど優雅な動きだった。
「大丈夫なの、レスティーア?」
『心配は無用です、姫』
 心底心配そうだった姫宮先輩。トロンが襲いかかってくる事など意に介さぬといわんば
かりに振り向き、微笑んでみせるレスティーアに、ホッと胸を撫で下ろしている。
『……姫。お願いがあります』
 突然、先輩と向き合いながら話かけるレスティーア。怪訝な顔つきになった姫宮先輩だ
ったけど、すぐにいつも通りの温和な笑みを浮べ、しっかりとうなずいた。
「この勝負はあなたの望んだもの。悔いのないような戦いをなさい」
 先輩の言葉に、力強くうなずき返すレスティーア。だが、トロンのほうを振り返った時
には、その蒼い瞳からは柔和な光は消えていた。
 鎧の胸の部分からそっと手を離すレスティーア。その下には、こぶし大ほどの穴が眼窩
のように黒々と穿っている。
 おそらくトロンのP・Bは、鎧はおろか、その下のレスティーアの身体にも深いダメー
ジを与えているのだろう。
 でもレスティーアは、穴の奥で時折おこるスパークに顔色ひとつ変えることなく、手に
した長剣の切っ先に左手を添えると、大きく右腕を脇に引いた。
「突き?」
 あたしはレスティーアの構えから、それが何であるのか咄嗟に理解した。
「でも、この距離で突きなんて……」
 そこまで考えて、慌ててインカムのマイクを引き寄せた。でも、あたしの口から声が紡ぎ
出されるより疾く、トロンの身体が真横に跳躍した。
 それを見ながら不敵な笑みを浮べるレスティーア。その切っ先に小さな炎が灯ったと思
った途端、その炎は一気に激しさを増し、レスティーアの手にした長剣を覆い尽くした。
 
『アデッソ・エ・フォルチュナ────ッ!』
 
 レスティーアの大気を震わす叫びと同時に、突き出された剣から深紅の炎がトロン目掛
けて噴き出す。
 逆巻く炎より速く自身を包み込んだ熱波に、トロンの動きが一瞬止まり、その直後、トロ
ンの身体が赤炎の舌に絡め取られる。
 そして、トロンを中心に渦巻いていた火炎が次の瞬間、天空めがけて炎の柱と化す。
『がァアアアアアアアッ!』
 全身を紅蓮の炎に焼き尽くされ、永遠に続くかと思ったトロンの絶叫に、あたしは思わ
ず両目を硬く閉じ、耳を両手で覆いそうになったがその動きが途中で止まる。
「だめだ。トロンはまだ戦ってるんだ!」
 あたしはそうつぶやきながら、睨みつけるようにフィールドへと視線を戻した。
「トロンッ! あんたにまだ、“覚悟”が残っているなら立ちなさいッ!!」
 トロンの受けたダメージは心配だったけど、まだ戦いは終わっていない。あたしは心を
鬼にして、トロンを叱りつけた。
 あたしの怒声に似た一声に、地面に倒れ伏したままピクリとも動かなかったトロンの身
体がわずかに震えた。
『まったく……まずは「トロン、大丈夫? ケガはない?」あたりが差し障りのないセリフ
だとボクは思うんだけど……ね』
 全身から無数の白煙を纏いつかせ、苦笑を浮かべながらなんとか立ち上がるトロン。
 ほんのわずかな間、それを驚愕の表情で見ていたレスティーアだったけど、すぐにその
瞳から迷いの色が消えた。
『この期に及んでまだ続ける気か?』
 頭上のスクリーンに表示されている、トロンの残りL・Pを一瞥しながら静かに尋ねる
レスティーア。
『まあね。ボクはまだ、自分の全てをだしきってはいない。それに……』
 トロンはそこまで一気にまくしたてると、少し照れたような顔をする。
『まあ、その、楽しいしね……レスPと戦うのはさぁ』
『……そうか』
 意外ともいえるトロンの言葉に、レスティーアはそっと目を伏せ、かすかに微笑んだよ
うにみえた。
 そして、トロンの覚悟は伝わったのだろう。剣を持ち上げ静かに構えると、レスティー
アはトロンの胸元めがけて稲妻のような突きを放った。
『何ッ!』
 だが、微笑を浮かべるトロンの顔が、ううん、身体全体がかすかにブレると、レスティ
ーアの剣は何の手応えもなくトロンを突き抜けてしまった。
「アクセル・ハート?」
 あたしの叫びと真横に振りぬいたレスティーアの銀線が、背後に現われたトロンに向け
て煌いたのは、まったく同時だった。
 自分の胴目掛けて襲いかかる剣戟に、トロンの顔が歪んで見えたのは、痛みのためか?
それとも恐怖のためか?
 けれど、トロンのわき腹を切り裂くはずの剣は、トロンの右肘から伸びたビームソード
によって阻まれてしまう。今度こそレスティーアの瞳が大きく見開く。
 真正面からレスティーアを睨みつけていたトロンは、渾身の力を振り絞って彼女の剣を
押し返す。
 トロンの力にレスティーアは眉をひそめるが、すぐに左手を柄に添えると両手に力を込
め、そのまま長剣を真横に振りぬいた。
『えっ? う、うわあああーッ!』
 どこにそんな力が残っていたのか。レスティーアの剣の一振りは、まるでトロンを掬い
上げるかのように持ち上げ、そのまま近くの建物に力任せにトロンを叩きつけていた。
『……!?』
 ビルの壁面にぶつけられ、わずかの間意識が混濁していたトロンだったけど、すぐに
ハッとなって前を見る。
 目の前にレスティーアが屹然と立っている。そして、トロンは冷気の正体を知った。
 それはトロンの喉元に突き付けられた、レスティーアの持つ長剣から放たれたものだっ
た。
『今度は首を外して逃げるか? きさまといえど、もはや打つ手はあるまい? 潔くよく
降伏しろ……』
 静かに語りかけるレスティーアを、壁に叩きつけられた衝撃が残っているのか焦点の
定まらない目で見上げていたトロンが、さも億劫そうに片足を持ち上げると、ゆっくりとし
た動作でレスティーアの腹部に踵を押し当てる。
『……手は出ないけど、足なら出るよ?』
 そう言いながら、 無邪気に笑いかけるトロン。レスティーアの表情がみるみる険しく
なる。
『きさま、私たちの戦いを侮辱するのか? こんな事をしてなんの意味が……』
 押し殺すような口調で、そこまで話していたレスティーアが息を呑む。
『……ボクがなんの考えもなく、こんな事をするなんて本気で思ってるの、レスP?』
 唇の両端をキュッと持ち上げ、意味ありげな笑みを浮べるトロン。それを見て、レステ
ィーアは猛烈な勢いで後ろに跳躍する。
『きさま! まさか足にも!?』
 着地した途端、憎々しげにトロンを睨みつけるレスティーア。トロンはそれを黙って見
つめていたが、何故かその頬がみるみる膨れていく。
『ぷっ! あ、あははははははははははっ。 いやだな~、レスPったら。そんなに真剣
な表情(かお)しちゃってさあ』
 我慢の限界を超えたのか、トロンは突然吹き出すと、胸の前で手をパタパタと振りなが
ら笑い出す。
 さも愉快そうに笑い続けるトロンを見ながら、あたしはトロンの考えを理解していた。
 レスティーアは、つい少しまえにトロンのP・Bで大きなダメージを受けている。当然、
トロンがそれを臭わせるような行動をすれば、レスティーアがそれに対して過剰に反応を
してしまうのは仕方のないことだろう。
「それにしても、トロンのヤツ……」
 絶体絶命ともいうべきこの状況を、トロンは見事なハッタリだけで切り抜けてしまった
のだ。あたしは心底、トロンの機転に兜を脱ぐ思いだった。
『さてと。じゃあ充分休んだし、そろそろ続きといこうか、レスP?』
 
トロンはそう言うと、眼前のレスティーアに片目をつぶって見せた。
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