神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

武装神姫 クロスロード 第18話

                   武装神姫 クロスロード

              第18話 「はじまりの乙女たち」


 どれぐらい時間が過ぎたのだろうか……いや、じっさいは、ほとんど時は進んでなかっ
たのかもしれない。

『ド…ウゾ』

 しばらくして、部屋の中から途切れ途切れの声が聞こえてきた。
 静かにドアを開け、中に入るように促す店長さん。あたしはおそるおそる部屋の中をの
ぞき込むが、部屋は薄暗い闇に包まれ、中の様子はわからなかった。
 あたしは探るように室内に足を踏み入れた。
 薄暗い部屋を囲むように、いったい何に使うのか見当もつかない様々な機械が設置され
ていた。色とりどりのランプが明滅し、かすかな駆動音を発している。そして、それらの器機
から無数のケーブルやパイプが中央の大きな作業机へと続いている。
 目を凝らすと、その机の上に形容しがたいほど歪み、破損した何かが置いてあった。さ
っきのケーブルの川は、その巨大な残骸のような物へと伸び、繋がっている。

 ぱっと見て、それがなんだかあたしにはまるでわからなかった。

 でも、何度も瞬きを繰り返しようやく暗さに目が慣れてくると、残骸の中央にうつむき、
まるで張りつけられたように固定された銀髪の人影があたしの網膜に飛び込んできた。
「し、神姫?」
 あたしのうめくようなつぶやきが聞こえたのか、こうべを垂れていた人影は身体を小さ
く震わすと、ゆっくりと顔を上げた。
「リベルター…」
 あたしのかすれ声に、目の前の人影はかすかに微笑む。
 全体的に薄汚れ、乱れた銀髪に顔の半分がかくれてよく見えなかったが、まちがいなく
目の前の存在はあたしの知るリベルターだった。
 あたしは背後を振り返った。そこには、銀髪のアーンヴァルが影のように立ち尽くして
いた。何かに耐えるように唇を噛みしめ、無言のまま作業机の“リベルター”を見つめた
ままで……

「こ、これっていったい…」
 あたしはようやく、乾ききったのどから絞り出すように声を出す。
 
 重苦しい空気が、狭い室内に充満する。トロンやルーシィも、いきなり突きつけられた
現実に戸惑っているのか、さっきから一言も発しようとしない。
 場の空気に耐えかね、あたしが口を開こうとすると、机上の“リベルター”が沈黙のし
じまを破った。
『スミマ…セン、ト…ナリサン。ワタシ…ノ…セイ…デ、トナ…リサン…マデ、マ…キコ
ンデシマ…ッテ…』
 一語一語発する度に、苦痛に顔をゆがめながら、もう一人の“リベルター”は話を続け
る。あまりの痛々しさに、あたしが話すのを止めようとすると、それより早く銀色の影が
机の上に飛び移る。
『もう止めて! あとは私が……』
 そう言って、ボロボロの銀髪の人影をだき抱えるリベルター。その瞳には言いようのな
い悲しみに彩られていた。
 リベルターに支えられたもう一人の“リベルター”は、その澄んだ碧色の瞳で眼前の瓜
二つの存在であるリベルターを見つめかすかにうなずくと、糸が切れたかのようにうつむ
いてしまう。
「これってどういうことなの、リベルター?」
 あたしの問いに、リベルターは寂しげな微笑を浮かべる。

『半年前にこの店で起こった事件も、隣さんを巻き込んでしまった今回の一件も、いいえ、
それ以前に起こった出来事も…』
 リベルターは、そこで話を止めると、トロンを真っ正面から見つめた。
『……元を正せば“私たち”が原因なんです』
 沈痛な面もちで、リベルターは話し始めた。

                        ※

 事の始まりは、世に武装神姫なる存在が現れる数年前まで遡った。
  当時、まだ“神姫”という名称さえなかった頃、この新型MMSの開発は多くのロボッ
ト、エレクトロニクス産業などを巻き込んだ一大プロジェクトに発展し、多くの企業がこ
ぞって参入した。

そして、各社は現在の神姫たちの原型とも呼べる、新型のMMSを開発した。
その中の一企業、メルヘン・メーカー(M・M)社は、ロボット開発においては後発の企業
であったが、今回のプロジェクトにかける情熱は並々ならぬものがあり、ついに五体の
新型MMSを完成させ、その実を結ぶこととなる。

「それが神姫ってこと?」
 神妙な面もちで尋ねるあたしに、リベルターが静かに首を振る。
『いいえ。“エーアスト”。それが彼女たちに与えられた名前でした』
 リベルターは、再び話し始める。

 だがエーアストたちは、試作体ゆえに性能のみを追求され、その結果、彼女たちの能力
は現在の神姫たちを凌駕するものであった。

『そして、それが彼女たちの悲劇の始まりだったんです』
リベルターの瞳が、悲しみに彩られる。

 当時のM・M社の技術開発室の職員、「片桐亮二」と呼ばれる男が、エーアストたちの
性能に心酔し、あろうことか完成直後のエーアストたちの強奪を企てたのだ。
 テストのためにオーナー登録していたエーアストたちは、すべてのテストが終了した時
点で登録を抹消されておりブランク状態になっていた。片桐はこの時をねらって行動を起
こした。

「それじゃ、その片桐とかいうヤツが、五体のエーアストを全部盗んじゃったってわけ?」
『いいえ、“リベルター”と“セラエノ”。二体のエーアストは、以前から片桐さんの行動
に不信感を抱いていた他の職員の機転で、オーナー登録の初期化を行っていなかった
んです。そして“私たち”は、なんとか片桐さんの暴挙を阻止しようとしました……』
「ちょ、ちょっと待ってリベルター!……どういうことなの? そのエーアストの名前っ
て……」
 あたしは唖然としながらつぶやき、目の前のリベルターを穴があくほど見つめた。リベ
ルターは複雑な表情を浮かべながらも、少しはにかむように微笑んだ。
『そうです。その“リベルター”と呼ばれたエーアストが“私たち”なんです』
 毅然と答えるリベルターだが、さっぱり要領を得ないあたしは、眼前の“リベルター”と
名乗るニ体の存在を返す返す見つめるだけだ。
 だいたい、彼女がそんな特別な存在にはどうしてもみえなかった。
『隣さんが信じられないもの無理はないかもしれません…でも、私と“リベルター”は、
同一の存在なんです』
 背後を振り向き、うつむいたまま身動きひとつしないもう一人の自分を見ながら、リべ
ルターはそう言いきった。
 どういうリアクションを起こしてよいものやら。口を開けたまま穴があくほど見つめる
あたしに、リベルターは少し困ったような顔になる。
 あたしの表情から、さらなる説明を求めているのを悟ったリベルターが口を開く。
『“リベルター”は、新型MMSの素体としてだけではなく、“多層人格構築機構”と呼ば
れる新技術、<エルギウス>の親機を内蔵していました。そしてエルギウスの子機を搭載
したした機体はその外観に関わらず、母体である“リべルター”の思考、経験、感情など
を共有した同一の存在となるのです』

 リベルターからシステムの説明を受けるが、あたしは半分も理解でなかった。
 激しい頭痛におそわれ眉間にしわ寄せていたあたしに代わって、トロンが話し出す。
『つまリ、ギンちゃん、キミは……』
 震える手でリベルターを指さすトロン。それを見てリべルターは力強くうなずく。
『ええ、私のここには……』
 そうつぶやき、リベルターはそっと自分の胸に手を重ねる。
『私には、神姫にとって生命の源ともいえるCSCはありません。私のここには、サタナ
エルとの戦いで唯一残ったエルギウスの子機が搭載されているんです』
 静かに話し終えるリベルター。

 ようやくあたしは合点がいった。初めてリベルターと出会ったときに感じた、不思議な
存在感の希薄さ。
 オリジナルの“リベルター”を前に“私たち”と言った言葉の意味。

 でも、あたしはふたりのリベルターを前に、何も言えなかった。しばらく、何ともいえ
ない沈黙が場を覆っていた。
「じ、じゃあ、今回あたしたちを襲ったのが、エーアストというわけなのね?」
 無言の間に耐えられなく発した問いだったけど、リベルターの答えはあたしの想像とは
まるで違っていた。
 現在、稼働状態にあるエーアストは、もう一体も存在しないという事実だった。
 “セラエノ”は破壊され、“リベルター”も逃亡を図った他のエーアストと相打ちという結果
で例の強奪事件は幕を下ろした。
 そして残った二体のエーアストも、その後片桐が性能テストと銘打った殴り込みにも近
いバトルのさい、その場に居合わせた神姫たちが力をあわせ、多大な犠牲と引き替えに彼
女たちを倒したという事だった。

「でも、あの晩あたしたちをおそったアレはいったい……」
「彼女たちは“使徒”だ」
「使徒?」
 リベルターの言葉を引き継いだ店長さんが淡々と話しだす。
「使徒は、片桐がエーアストたちを護衛する為に作り上げた神姫なんだ。定められた枠を
逸脱するほどの高性能の、ね」
「イリーガル…神姫」
 あたしは、つばをのみながら唸るようにつぶやいた。
 イリーガル神姫とは、一般に定められたレギュレーションを無視した違法改造をほどこ
された神姫のことだった。
 公式ルールに満足できなくなったオーナーが人目を避けて行う、ストリートバトルや闇
バトルといわれる非公式のゲーム……あたしも、イリーガル神姫を戦わせている噂は聞い
たことがあったけど、じっさい目にするのははじめてだった。
「で、でも、どうしてその片桐という人は、いまごろになって……」
「わからない。半年前に最後のエーアストと使徒たちがここで敗北した時にすべてが終わ
ったと思ったのだが……!?」
 あたしの質問に答えるというより、自問自答に近いつぶやきを発していた店長さんの身
体が、雷に打たれたかのように硬直する。
「どうしたんですか?」
 店長さんは何も答えず、ゆっくりと首を巡らせる。
『ア…ルイ…ハ』
『“私たち”が狙いなのかもしれません……』
 食い入るような店長さんの視線の先で、二人のリベルターが消え入るような声でつぶや
いた。

                          ※

「……一ノ瀬くん」
 ドアをくぐり抜けたあたしの背に、店長さんの声が投げかけられた。あたしは、呆然と
しながらも振り返った。
「心配しないでください。ただ、あたしが思っていたより話のスケールが大きかったせい
で、ちょっと頭が混乱しただけです」
 軽く疼くこめかみをもみほぐしながら苦笑するあたしに、店長さんはまゆをひそめる。
「ここまで話を聞いておいて、いまさら引き下がる気なんかありませんよ?」
「しかし……」
 つとめて明るくそう言うと、心配そうに口ごもる店長さんに背を向け、あたしは階下に
続くエスカレーターへと向かった。
 けれど、ステップに足をかけようとして、あたしの動きは止まってしまった。
「……天堂さん、姫宮先輩……」


  下からあたしを見上げる二人の表情は、背後に立つ店長さんと同じものだった。
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