神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

武装神姫 クロスロード 第28話

                  武装神姫 クロスロード

               第28話  「騎士の過去」



「はい、一ノ瀬さん」
 そう言って、姫宮先輩は缶コーヒーを差し出してきた。

 思いだすだけで胸くそ悪くなるが、片桐から貰ったお茶を飲んだせいであたしのお腹か
はタポンタポンいっていたのだが先輩の好意を無碍にするのもなんだったので、あたしは
微笑みながら缶を受け取った。
 きっと口元はひきつってたろうけど……

 姫宮先輩は無言であたしの座るベンチに腰掛けた。見上げれば白い雲がどこまでも続き、
遠くでは無邪気にかけまわる子供たちの姿が見える。
 片桐と別れたあと、てっきり喫茶店かファーストフードで話しをするのかと思ったが、姫宮
先輩が選んだ場所は近所の公園だった。
 最初はめんくらったが、考えてみれば今の精神状態を考えればこういった開放的な場所
の方が気分はよかった。

 黙って手にしたコーヒー缶に目をやる姫宮先輩。あたしたちの座っているベンチの端に
は、さっきから露骨に目をそらし黙り込んでいるトロンとレスティーアの姿が。
 まだふたりとも気持ちの整理がつかないのだろう。険悪なムードがふたりの周りを包ん
でいる。
 そして、なぜかふたりの間にはさまるようにルーシィが腰掛けかしこまっている。極度の
緊張からか顔中に脂汗を浮かべている様は、まるで二匹の大蛇に挟まれたカエルみたい
だった。

 このままリアル拷問みたいなシチュエーションが続いたらルーシィがシステムダウンで
も起こしそうだったので、あたしは思い切って先輩に話しかけた。
「あの、先輩。さっきは危ないところをありがとうございました。でも、どうしてあたし
があそこにいるってわかったんですか?」
 先輩もどう話し始めていいか考えあぐねていたのだろうか、はっとした表情でこちらを
向くと微笑んだ。
「ああ、その事? 実はルーシィから携帯にメールをもらったの。あなたが一人出かけて
しまったって、ね。あんな事が起こってまだ日も浅い。一ノ瀬さんがまた使徒にでも襲われた
らと思って、急いでレスティーアと後を追ったの。ルーシィから何度か連絡を受けて、ようや
く一ノ瀬さんに追いついたのよ」
「そうだったんですか……ありがとう、ルーシィ」
 感謝のこもったあたしの声に、ルーシィが妙にギクシャクとした動きで振り向く。
 張り付けたような笑みを浮かべるルーシィ。頭のてっぺんから一筋の煙が……

               い、いかん! もう限界みたい。

 慌ててルーシィを抱き上げるあたしに、緊張がほぐれてたのか姫宮先輩が口を開く。

「もう一ノ瀬さんは知っているだろうけど、半年前、あたしたちはある事件に巻き込まれ
たの」
 あたしは無言でうなずく。
「当時、片桐さんはエーアストの能力をテストするためか、神姫センターや個人経営の神
姫ショップに無差別に戦いを挑んできたの。そしてあの日、“彼女”は私たちの前に現れた」
 そこまで話すと、姫宮先輩は下唇を噛みしめた。
「あの時、DO ITに居合わせた神姫たちは力をあわせて戦った。そしてエーアストの
一体、“センジュ”を倒したの。でも、そのために払った犠牲は、あまりにも大きかったわ」
『……それト、レスPがこんなにむきになるのと何の関係があるノ?』
 黙って話に耳をかたむけていたトロンは、あいかわらずそっぽを向いたまま問いかける。
「レスティーアはね、その戦いで親友ともいっていいぐらいの存在を失ったの」
 あたしとトロンは同時にレスティーアに視線を向けた。
 レスティーアの表情はうつむきうかがいしれなかったけど、その両手は固く握りしめら
れていた。
「さっきの使徒との戦いで気がついているだろうけど、昔のレスティーアは、今とはまっ
たく違った戦い方をしていたの」

                      やっぱり……

 レスティーアのあの射撃の技量の高さは一朝一夕の訓練でできるものじゃない。
 さっきまで頭に浮かんでいた疑問が、瞬時に氷解した感じだった。

 でも、そうなるともうひとつの疑問が鎌首をもたげる。
『で、でも、どうしてレスティーアさんは銃を使った戦いをやめてしまったんですか? 
あんなに上手なの……ひっ!?』
 あたしの心中を代弁するように、オドオドとした口調でレスティーアに話しかけるルー
シィだったが、炎のような瞳で自分をにらみつけるレスティーアに気づき、慌ててトロン
の背に隠れてしまう。
『ルゥに八つ当たりしたっテ、しょうがないだロ?』
 レスティーアの迫力にもまるで動じる事もなくトロンがつぶやく。トロンの平静さに毒
気を抜かれたのか、レスティーアはがっくりと肩を落とし下を向いてしまう。
『すべては……私のせいだ』
 絞り出すようにつぶやくレスティーア。その声音にあたしたちの視線が集まる。
『私の傲慢さがノインの命を奪った。やみくもに力を求めた私をやつは何度も諫めた。
だが私はやつの忠告に耳を貸そうとはしなかった。そんな私をかばってやつは……』
 血を吐くように叫ぶレスティーア。その頬に涙がつたわり落ちる。
 はじめて見るレスティーアの涙。あたしはなんて声をかけていいかわからなかった。
「レスティーア。もうやめて!」
 両手でレスティーアを抱き上げる姫宮先輩。必死になってレスティーアを止めるが、堰
を切ったように彼女は話し続ける。
『いいえ、私の犯した罪はそれだけではありません! 私の愚かな行いが、姫とあの方と
の仲を引き裂いてしまった』
 真っ正面から先輩を見つめるレスティーア。そんな彼女を先輩は何も言わず、自分の胸
に押し当てた。
「もう、いいの。あなたのせいじゃないわ」
 しばらくレスティーアの頭をなでていた先輩が自分に言いきかせるかのように話しだす。

       あの方って、こないだDO ITで先輩と話してた人のこと? 

 レスティーアのセリフに、先日の店での場面が頭の中にフラッシュバックしたが、とて
もその事をたずねられるような雰囲気ではなかった。
 予想外の展開に、どうしたものかと頭をかかえていたあたしだが、今の雰囲気にもっと
も場違いなねぼけ声が話に割って入ってきた。
『ふ~ン。レスPもいろいろ大変だったんだネ。デ、これからどうする気なノ?』
『なん……だと?』
 トロンのセリフに、レスティーアが泣きはらした目を向ける。
『いヤ、だからサ。大事なのは過ぎちゃった過去じゃなくテ、これからどうするのかって
ことでショ?』
 言ってることは確かに正論だろう。でも、あまりにもレスティーアたちの心情を無視す
るかのようなトロンの発言にあたしが止めに入ろうとしたが、すでに手遅れだった。
 レスティーアは先輩の腕から音もなく飛び降りると、トロンの目の前に着地する。
『どうするか……だと? 決まっている! 私が斃す。使徒も、そして最後のエーアスト
もな!!』
『私? まさかレスP、ひとりで戦う気なノ?』
 けげんそうに眉を動かしレスティーアを見上げるトロン。その口調に揶揄の響きが含ま
れているのをレスティーアは敏感に感じ取り気色ばむ。
『そうだ。あんな連中、私ひとりで充分だ!』
 レスティーアの吹き付けんばかりの憤怒にも、トロンはまるで動じなかった。
『あのサ、アニメやマンガじゃあるまいシ、ひとりでなんとかできるわけないだロ? す
こし頭冷やしなヨ。ラジエーター用の水でも持ってこようカ?』
 やれやれと肩をすくめるトロン。レスティーアの顔色が、赤からドス黒く変わっていく。
それを見て、ルーシィが泣きそうな顔で交互にふたりの顔を見ている。

              おかしい。どうしたのトロンのやつ?

 あたしはトロンの態度に首をひねった。トロンがレスティーアをからかうような態度を
とるのは今に始まったことじゃない。
 でも、いくらトロンだってレスティーアの気持ちは痛いほどわかるはずだ。それなのに
何でレスティーアに追い打ちをかけるようなことばかり言うんだろうか?

 すがに姫宮先輩もトロンの態度に憤慨してるだろうと思ったが、先輩は少し哀しげな顔を
していたけど不思議と怒りの類はまるで感じなかった。
 あたしは目づかいに先輩を見ていたが、レスティーアの怒声におどろき振り向く。
『もういい! きさまのようないい加減なやつにこんな話しをしたところで理解できるは
ずがない! 我が誇りと名誉にかけて、私は一人でも戦う!』
 おこりのように身体を震わせそう叫ぶと、レスティーアはトロンに背を向けてしまう。
 黙ってレスティーアを見上げていたトロンだが、一瞬うつむくと静かに立ち上がり、レ
スティーアの肩にそっと手を乗せる。
 いぶかしげに振り向くレスティーア。その頬に手加減抜きのトロンのこぶしがめり込む。
 レスティーアにとってもまったく予期しないことだったのだろう。大きくバランスを崩
すと、ベンチの手すりにぶつかり、そのまま倒れ伏してしまう。
『そうやってなんでもひとりで背負い込んで、ひとりで無茶やって周りを巻き込んでいく
──結局は何も変わってないじゃないか』
 片手で拳をさすりながらつぶやくトロンを、口元をぬぐいながら顔を上げたレスティー
アが射るように睨みつける。

                交錯する、金と蒼の瞳。
 
 でもそれは、ほんのわずかな間だった。
『行こう、リン、ルゥ。もうここにいても時間の無駄だよ』
 トロンはそう言ってレスティーアに背を向ける。

 あたしは理解した。トロンは怒っていたんだ、悲しんでいたんだ。だからあんな辛辣な
言葉を使ったんだ。
 あれは、不器用なトロンなりの励ましの言葉。たぶん、姫宮先輩にはそれがわかってい
た。

 そのまま立ち去るかと思ったトロンだが、急に立ち止まってしまう。
『キミにとってボクたちは、名誉や誇り以下の存在だったんだね? 見損なったよ……レ
スティーア』
 背中を見せたまま誰にともなく話すトロン。
 その言葉に、かすかにレスティーアの身体が震え、がっくりとうなだれてしまう。でも
レスティーアは、あたしたちの方を見ようとはしなかった。

 あたしはトロンと抱き上げながら、ベンチを見た。レスティーアは両手をついたまま、
彫像のように動かない。
 そんなレスティーアを黙って見ていた先輩が、あたしたちの方に──ううん、たぶんト
ロンに対してだろう──頭を下げた。

 あたしも姫宮先輩に会釈すると、その場を離れた。心配そうに後ろを振り返るルーシィ
とは対照的にトロンは前を見つめたままだ。

 今あたしたちにできることはもうないだろう。

           そう、あとはレスティーア次第なのだから……

                         ※

「本当にいいの?」
 歩きながらバッグに向かってあたしは話しかける。しばらくして『何が?』と、不機嫌
そうな声が応じた。まだ気が高ぶっているのか、いつもの眠そうな雰囲気は微塵もない。
「わかってるでしょう? これはバトルじゃないのよ?」
『じゃあ、止める?』
 取り付く島もない話し方に、あたしは苦笑を浮かべる。
「そういうわけにもいかないわ。あいつだけは絶対に許せない」
 静かににつぶやくあたしの声に、しばらくしてトロンが応じた。その声音は、さっきより
いくぶん穏やかだった。
『……よかった。リンらしい答えで……』
 ほっとしたらしいトロンの声に、あたしはなおも話しかける。
「でも、トロン……」
『ボクの想いもリンと同じだよ』
 トロンはそう答えると、もう、あたしの問いかけには何も答えなかった。バッグに目をやる
と、ルーシィが身振り手振りでトロンが照れてると告げている。



 あたしはわずかに見える薄紫色の頭を見ながら、笑いをかみ殺すのに苦労してしまった。
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