神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

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わんだふる神姫ライフ 第13話

 AM五時。あたりは薄闇に覆われ、近くの家々の明りもいまだ消えている。まだ薄暗い
庭の中ほどまであたしは歩を進めると、トロンの座る縁側に向き直った。
 最近は暖かくなってきた日中とはうって変わり、規則正しく吐き出されるあたしの吐息
にも微かに白い物が混じっていた。
 あたしは、長い間使っていたせいで所々ほつれてきた黒い袴の帯を力いっぱい締めると
胴着の襟元の乱れを正した。
 染み付いた汗の匂いが、かすかに鼻孔をくすぐり、否応無しに精神が昂っていくのを感
じる。いつの間にか口元に微かな笑みが浮かぶ。

                  おっと、いけない、いけない。
 
 あたしは我に返ると、戒めの意味もこめて両の頬をおもいきり叩いた。
『ヘェ~。ずいぶんと堂に入ったモンだねェ、立ち振る舞いでわかるヨ、リン』
「言ってくれるじゃない、あんたにそんな事わかるの?」
『うン、本に書いてあっタ!』
 
                なるほど、知識で知ってただけなのね。
 
 さっきまで口元に浮かんでいた笑みが、苦笑に変わっていくのを感じながら、あたしは
また胴着に眼を移した。
「ところでトロン。さっきから気になってたんだけど、胴着にくっついてる、このちっち
ゃいのナニ?」
『あァ、ソレ? それはねェ、マーカーだヨ、モーキャプで使うんでネ』
「も、もーきゃぷ?」
 あたしの視線の先にあるのは、直径2、3センチの小さな球状の物だった。それが胴着
のいたるところにくっついていた。
 トロンの説明では、モーキャプとはモーションキャプチャーの略だそうで、人物や物体
の動きをデジタル的に記録するための技術で、映画なんかのCGの製作に使われている
ということだ。
「へ~。ところでよくそんな物が家にあったわね、どっから探してきたの?」
『こんなモン、ふつうのウチにあるわけないでショ? 買ったノ!』
「は? 買った?」
 
                  わんだふる神姫ライフ
 
              第13話    「一重」     
 
「それって、どういう意味?」
『イミもなにモ、必要だから買ったんだけド?』
「だからそうじゃなくって、どうしてあんたがお金なんて持ってるのかって聞いてんのよ
!」
 トロンは、あたしの顔をしばらくマジマジと見ると、眉の端をクイッと上げ、
 
              ─ おまえはナニを言っとるんダ? ─ 
 
 と、器用に意思表示をしてきた。
『ボクがおかねなんて持ってるワケないじゃン? 月末にセーキューがくると思うかラ、
よろしくネ、リン』
「………」
                         ※
「……まぁ、それはさておき、とりあえず稽古を始めるわよ、トロン!」
『……はイ』
 トロンが勝手に買い漁った品物は、開封してしまったために返品は不可能らしい。
 あたしは怒りに震える声で、縁側で正座したままシュンとうな垂れたトロンの頭の上で
揺れる、特大のたんこぶを眼で追いながら語気荒く言い放った。
『アッ、ちょっとタイム!』
「もう! なんなのよ?」
 まずは説明をと、口を開きかけたあたしは、トロンの能天気な声に腰砕けの状態になり
ムッとしながら睨みつけるが、トロンは何に使うのか知らないけど『必要だかラ』と言う
ので、あたしの部屋から持ってきたノートパソコンを縁側に引っ張ってくると、なにやら
ゴソゴソと始めた。
『これでよシ……おまたセ、リン!』
 PCを起動させ、キーボードをいくつか叩いていたトロンがあたしのほうに向き直ると、
そう言ってきた。
「うん……まずあんたに色々と教える前に言っておきたい事があるの、昨日のあんたの話
では、合気道を教えて欲しいと言うことだけど、ほんとうにそれでいいの?」
『うン』
 あたしを見上げながらねむそうな顔でうなずくトロンに、あたしはかすかに眉をよせた。
「あんたがそう言うんだったら、それはいいんだけど……実はもうひとつ問題があってね。
特に合気道の場合、あたし一人で形稽古をするより、立会稽古のほうが感覚的にもわかり
やすいと思うんだけど」
 ただでさえ相手の動きに呼応して対処する合気を、形稽古だけで理解するというのは実
際には難しい話だった。
『ダイジョーブだっテ! そのためのモーキャプなんだからサ』
せめて、こんな時に美佐緒がいてくれれば……などと物騒な考えに浸っていたあたしを、
トロンの呑気な声が現実へと引き戻した。
コレがあれバ、リンの動きを戦闘用のデータとしてテ、ボクに()直接インプットできるんダ』
「へ~、そうなの?」
 実際、トロンが何を言ってるのか半分もわからなかったけど、鼻高々に(実際はめり込
んでるけど)説明してるトロンを見て、あたしは、まあ大丈夫なんだろうと胸をなでおろ
した。
「じゃあ、そろそろ始めよっか? まず、合気で一番大切なのは相手の攻撃を“受ける”
のではなく“流す”という事、これができないと話が先に進まないからね」
『……うン』
 あたしの真剣な口調に、少し緊張したようなトロンの声が重なる。
「この動作ができてこそ、はじめて次の……相手の体勢を崩しその反動を利用しての攻撃
に移ることができる。おじいちゃんは、合気道にとって一番大切なその見切りの動作を、
“一重”と呼んでた」
『……ひとえ……』
「じゃあ、始めるわよ」
 あたしは、トロンの呟きを聞きながら呼吸を整え、精神を集中させた。
 あたしの目の前に、黒い影が渦巻いていた。それはすぐに黒い人影へと形を変え、あた
しの前に立ちふさがった。中肉中背の体躯をもったソレは軽く身構え、あたしに近づくと
問答無用で、あたしの顔に正拳突きを叩き込んできた。
 薄目を開け、ただ静かに立ち尽くすあたしの顔に拳がふれる瞬間、あたしの身体が音も
無く動いた……
                           ※
「ふぅ……まっ、基本の動きはこんなもんかな?」
 ようやくあたしは身体から力を抜き、小さく息を吐いた。正直言うと、ここしばらく稽
古をさぼっていたため、小一時間にもおよんだ形稽古は結構しんどかったりした。
『おつかれェ~。ひとやすみしようヨ、リン』
「そうね……あれっ?」
 トロンの声に、額の汗をぬぐいながら振り向いたあたしは、縁側の上にチョコンと座っ
たトロンの後ろに、きれいに畳まれたタオルとスポーツドリンクが置いてあるのに気がつ
いた。
「へ~、気が利くじゃない」
『まァ、これぐらいはしないとネ』
 タオルで首もとの汗をぬぐい、缶を手に取ると、タブを押し込み一気に喉に流し込む、
 
           それにしてもコレ、どっから持ってきたんだろ?
 
 この冷たさからすると冷蔵庫なんだろうけど、まさかトロンにそんなことできるわけな
いしねぇ。
 缶に口をつけながら横目でトロンを見るが、当の本人は、あたしの視線など気にした風
もなく、PCに接続された神姫サイズのキーボードに熱心に何かを入力していた。
 さっき見た時は気づかなかったけど、あたしのPCから細いケーブルが伸びていて、目
で追っていくと、それはトロンの首の後ろに繋がっているようだった。
 あたしは、夢中でキーを叩くトロンを見ているうちに、気づいた事があった。
「ねぇ、トロン。そのちっちゃなキーボードって、まさか……」
『うン。これもモーキャプといっしょに買ったんだヨ!』
 恐るべき予感に身を震わせながら、恐る恐るキーボードを指差したあたしに、トロンは
事も無くそう言いのけた。
「じ、じ、冗談じゃにゃいわよ! さっきのと合わせて、いったい幾ら使ったわけ?」
『ん~、ソフトとかも合わせテ、ぜんぶで“ピーッ”万円ぐらイ……だったかナ?』
 怒りのあまり、ろれつの回らなくなったあたしは、トロンがさらりと言った金額を聞く
と、一瞬意識が遠のいた。
 
あ、あはははははははは。ナニソレ? “ピーッ”万円って……
                   
『もゥ、なんでも協力するって言ったノ、リンじゃないカ!』
「確かにそうは言ったけど、せめてあたしに一言ぐらい相談しなさいよ!」
 頭にできたコブをさすりながら文句を言ってきたトロンに、あたしも柳眉を逆立てなが
ら反論した。
『だっテ、リンはビンボーだかラ、相談なんかしたら絶対に買ってくれないでショ?』
「だ、だれが貧乏よ! このバカ悪魔ッ!!」
『……ウ~』
 二段重ねになったコブを押さえながら低くうめき声を上げるトロン。恨めしそうにこっ
ちを睨んでいるが、あたしは知らんぷりしてそっぽを向いていた。
『まったク、リンはキョーボーなんだからサ……』
「自業自得でしょう! まったく、こんなんでレスティーアとまともに戦えるの? 」
 果てもなく文句を言い続けるあたしだったが、ニヤニヤとあたしを見上げるトロンと目
が合うと、喉まで出かかった次の言葉も引っ込んでしまった。
『マ、そこんところはボクを信じテ』
 そう言って、トロンは呆気にとられたあたしの顔を見ながら、片方の瞼をかすかに動か
した。
 多分、本人はウィンクのつもりだったのだろうが、ほとんど閉じている状態では本当に
そうだったのか、今のあたしにはわかる術もなかった。
                         ※
 あたしは縁側の上に座るトロンとPCをはさんで腰掛けていた。ちらりとトロンを見る
と、あいかわらずキーボードと格闘中だ。
 しばらく縁側に手をつき、ボ~ッと空をながめていたあたしの耳に、トロンがキーを叩
くリズミカルな音だけが響いていた。
「どう? 少しはあんたの役に立ちそう?」
 あたしは流れる雲を目で追いながら、何気なく尋ねる。
『う~ン、そうだネ。ボクが思ってたよりかなり複雑みたいだけド、なんとかするヨ』
 データーの解析に夢中なのか、あたしとの会話もうわの空みたいだったけど、あたしは
不思議と腹が立たなかった。
 トロンと一緒に暮らすようになって、まだ数か月しかたっていない。でも、こんなにひ
とつのことに熱中しているトロンを見るのは初めてだった。
 それだけトロンにとって、レスティーアとの再戦は大切な事なのだろう。だけど、それ
だけにあたしには気になることがあった。
 それは何故、トロンが合気道を選んだのか? だった。確かに合気はあたしが習った中
では抜きん出た守りの武術だった。でも、あたしの教える合気を完璧にトロンがマスター
したとしても、レスティーアの神速ともいえる剣戟を捌くので精一杯のはずだ。
 
            そう、それだけでは勝てない……なのに何故?
 
 これだけ一生懸命になっているトロンに、こんな質問をするのは酷かとも思ったのだが、
あたしはどうしてもガマンができず、トロンに尋ねてみた。
 さすがに気分を害するかと思ったが、トロンはしばらく寝ぼけまなこであたしを見てい
たが、べつだん気にした風も無くこう答えた。
『あア、そのコト? それならダイジョーブだヨ! ボクがリンにおしえてほしかったの
ハ、なんでも防ぐ“楯”についてだかラ。なんでも貫く“矛”はボクが用意するから問題
ないヨ!』
 トロンはいつもの調子で、ニヤリと笑ってそう言った。
 思いもしない回答に、トロンに問いただそうとしたあたしの声は、朝食の用意ができた
と呼びにきた母の声によって遮られた。
 部屋の時計に目をやると、かなり時間が過ぎていた。
「ヤバッ、もうこんな時間? トロン、悪いけど今日はここでやめとこう、あたし学校に
行く前にシャワーもあびたいしね」
『うン』
 とりあえずノートパソコンを片付け、その上にトロンを乗せると、あたしは一段抜きで
階段を駆け上がり急いで部屋へと向かった。
 
合気道が“楯”なのはわかる。でもいったい“矛”って何のことなの?
 
 
    あたしは、トロンが漏らした言葉を、もう一度心の中でつぶやいていた。
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コメント


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こんばんは。

合気道の誇る鉄壁の護りと攻撃を組み合わせたら無敵じゃね?みたいなことは私も考えたことがありますなぁ。それにしても、隣さんの懐事情に合掌!神姫破産しちゃいそうで可哀想((((;゚Д゚))))

トロンさんが用意する最強の矛とはなんぞや!期待に胸が高まりますな!

初瀬那珂 | URL | 2012-04-01(Sun)01:19 [編集]


>初瀬那珂さん

いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。

防御に秀でた基本能力、その特性を生かし、なおかつトロンをあまり“強い神姫”にしたくなかっため考えたのが合気道でした。

とはいえ、合気道を会得しても、あくまでトロンの真価はその悪知恵。
相手の攻撃を捌きながら、口八丁手八丁で戦うトロンを楽しんでいただければと思います。

神姫破産……そうですねぇ。この後も“隣の預金消失事件”とか起きますしね。
まちがいなく、トロンと出会ってから隣の金運は下がる一方のようです(笑)。

シロ | URL | 2012-04-01(Sun)23:25 [編集]


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