「え~と……あ、あれよ! トロンッ、初勝利おめでとーッ!!」
あたしは、自分でも笑顔引き攣ってるんだろうな~、などと思いながらアクセスポッド
からのそりと身を起こしたトロンにビシッと親指を立てると、複雑な気持ちになりながら
無理矢理笑いかけた。
『え? ……あ~、うん……』
あたしと目が合ったトロンは気が抜けたような返事を返すと、狐につままれた悪魔が豆
鉄砲を食ったような表情で、頭上の電光掲示板を見つめている。
こんな呆けた顔のトロンを見るのは初めてだったけど、気持ちはわからないでもなかっ
た。そりゃあ記念すべき初勝利が、こんな相手の大自爆で得たものじゃ喜べというのは無
理な話だろう。
「ま、まあ、いいんじゃない? 勝てば官軍って言うしさぁ」
『う~ん……そう考えたほうが少しはマシなのかな~?』
そう言いながらも淡いブルーの髪に爪を立て、まだ納得がいかないような素振りをみせ
るトロンを必死にフォローしながら、なんであたしがこんなに一生懸命にならなきゃなら
いのかと、疑問を感じて悲しくなる今日この頃だった。
わんだふる神姫ライフ
第24話 「光明」
「よくぞ睦月の攻撃に耐え、わずかな隙を突きこの激闘に勝利を収めたものじゃ。実に天
晴れじゃったぞ。隣にトロンよ」
あたしたちを目の前にして、さも楽しそうに身体をゆすりながら大笑いする和尚さん。
イヤイヤ、アレハムツキガ、カッテニジバクシタダケデスカラ。
と心のなかでツッコミを入れながら、あたしは頭上に設置されたモニターを何気なく見
ていた。
大型の画面には、今し方行われていたトロンと睦月のバトルが、延々とリプレイされて
いた。決着のついたフィールド上のクレーターの中に、白煙を纏わり付かせながらあちこ
ちに散乱する赤や白の破片を見つけたとき、あたしは心底今回の戦いがリアルバトルでな
くてよかったと、内心胸をなでおろしていた。
※
『ふァ~~~~~~~~~~~ッ』
「……はぁ……」
簡素なテーブルの上で、ピンポン玉でも丸飲みできるのでは? と思うほど大口を開け
てあくびを連発するトロンを横目で見ながら、あたしはテーブルに突っ伏すと、特大のた
め息をついた。
延々と続く、和尚さんの戦いの素晴らしさを説く辻説法から何とか逃げ出したあたした
ちは、一階の奥にある休憩所に避難していた。
シュミレーターのある二階にも同様のスペースはあるのだが、今回の戦いを観戦してい
シュミレーターのある二階にも同様のスペースはあるのだが、今回の戦いを観戦してい
たギャラリーたちの興味本位な視線を避けるために、普段からあまり人気のないここに逃
げ込んだのだった。
「あ~、疲れた」
「おつかれさま、一ノ瀬さん。大変だったわね」
ぐったりしながら呪詛のごとくあたしの口から漏れる小言に、いたわる様な響きを含ん
だ落ち着きのある声が重なった。
「うんうん、そうなんだよ。まったくもう、やんなっ……姫宮先輩っ!?」
思わず相槌を打つあたしだったが、そこで我に返るとガバッと跳ね起きた。目の前には
柔和な笑みを湛えた姫宮先輩が、すぐそばに立っていた。
「あ、あの先輩、ひょっとして……」
「ええ、今のバトルだったら見させてもらったわ」
一番返してほしくなかった答えを、にこやかな笑みとともに口にする姫宮先輩に、あた
しは頭を抱えてしまう。
『ふんっ、もっともきさまにはお似合いの勝利だったがな、トロン!』
突然聞こえた辺りを凍てつかせるような嘲りを含んだ声に、あたしがハッと視線を移す
と、いつの間にかテーブルの上にレスティーアが立っており、氷のような冷たい瞳でトロ
ンを見下ろしていた。
『ン~? ダレかと思えばレスPじゃないカ。今日も仏頂面が良く似合ってるネ~』
たいして気にした素振りもみせず、寝ぼけ顔でトロンがやり返すと、レスティーアのこ
めかみがヒクヒクと痙攣した。
そんなレスティーアを意地の悪い笑みを浮かべながら見上げるトロンだが、最初に皮肉
を言われた時に、レスティーア以上にこめかみがピクピクと動いたのをあたしは見逃さな
かった。
『相変わらず口だけは達者だな。……一ノ瀬どの、今日はあなたにお聞きしたいことがあ
って参りました』
ジロリとトロンを睨みつけながら、吐き捨てるように呟くレスティーアだったが、何故
か澄んだ蒼色の瞳であたしを見つめると、妙に静かな口調で尋ねてきた。
『先程小耳にはさんだのですが、一ノ瀬どのはトロンのトーナメント出場を辞退したとの
こと。これは一体どうゆうことなのですか?』
レスティーアの何かに耐えるような押し殺した声に、一瞬たじろいだあたしだったけど
すぐに彼女の瞳が悲しみたたえているのに気づいた。レスティーアはトロンが彼女との再
戦を恐れてトーナメントに出るのを止めてしまったと思い込んでいるのだろう。
生真面目なレスティーアにどう説明したものかと思案していたあたしの目の前に紙コッ
プが差し出された。
「できれば……私も理由を聞きたいかな?」
驚いて見上げた先に、両手に紙コップを持った姫宮先輩が穏やかな笑みを浮かべていた。
あたしは手渡された紙コップに満たされた紅茶の表面を見つめながら、静かに話し始める。
あたしは手渡された紙コップに満たされた紅茶の表面を見つめながら、静かに話し始める。
自分が神姫を求めた理由は、決して戦いをさせるためではないということ。そして睦月
との戦いで、改めてリアルバトルに対する恐ろしさを再認識したことを。
「レスティーアとトロンの再戦にあたしも水をさす気はないわ。白黒ははっきりさせたほう
がお互いもすっきりするだろうしね。でも、トーナメントはリアルバトルで戦うんでしょう?
あたし、もうトロンがリアルバトルで傷つくのを見たくないんだ……あんなヤツでも、一応
あたしのパートナーだしね」
がお互いもすっきりするだろうしね。でも、トーナメントはリアルバトルで戦うんでしょう?
あたし、もうトロンがリアルバトルで傷つくのを見たくないんだ……あんなヤツでも、一応
あたしのパートナーだしね」
トロンの方に視線を移しながら、あたしは照れ笑いを浮かべた。ボ~ッとした表情から
は何を考えているのかわからなかったが、トロンはただ黙ってあたしを見上げていた。
最初はあたしの説明に気色ばんでいたレスティーアだったけど、話しを聞き終えると長
いため息をつき、何かふっ切れたような表情をみせた。
『……わかりました。一ノ瀬どのにそこまでしっかりとしたお考えがあるのならば、私が
これ以上申し上げることは何もありません』
レスティーアはそこまで一気に話すと、おもむろにトロンの方に向き直った。
『きさまは良き主にめぐり合えたようだな。感謝しろよ、トロン。一ノ瀬どのはきさまの
ような神姫には過ぎた方だ!』
吐き捨てるように罵声を浴びせるレスティーアにトロンは不服そうだったが、やがてふ
て腐れた様にゴロンと横になると背を向けてしまった。
『ふンッ。そんなことレスPに言われなくたっテ、ボクは最初っから知ってたヨ!』
背中越しに聞こえる、トロンの照れを含んだような横柄な口調に、あたしと姫宮先輩は
思わず顔を見合わせ笑ってしまった。そして、そんなトロンの背中を睨みつけていたレス
ティーアだったが、その口元はかすかに綻んでいた。
※
「本当はもっと早く話さなければいけなかったんですけど、なかなか機会がなくって……
すみませんでした」
「ううん、もういいの。それに、私も一ノ瀬さんの気持ちはよくわかるし」
ペコリと頭を下げるあたしに、姫宮先輩は気にした様子もみせずに笑顔をみせる。
「でも、あたしみたいなオーナーって珍しいですよね?」
「そうでもないわ。一流の腕を持っていても、一切リアルバトルをしないっていう主義の
神姫オーナーもいるのよ」
「そんな人がいるんですか? その人、どんな人なんですか?」
俄然興味の湧いてきた話に、ソファーから身を乗り出すあたしの剣幕に姫宮先輩はたじ
ろいでしまう。
「ええと……かなりの実力を持った神姫らしいけれど、オーナーがリアルバトルをしない
主義を貫いているためにあまり情報がなくって、私が知っている限りではオーナーは男性
主義を貫いているためにあまり情報がなくって、私が知っている限りではオーナーは男性
ということ、そしてその神姫は“セラフ”と呼ばれるアーンヴァルタイプの神姫ということぐらい
かしら?」
かしら?」
「……セラフ?」
何か隠しているかのような姫宮先輩の態度も気になったが、そのことは何も尋ねなかっ
た。
あたしはセラフという名前を聞いた途端、数年前あたしと美佐緒の命を救ってくれた、
ある神姫の事が脳裏に蘇っていたからだった……
ある神姫の事が脳裏に蘇っていたからだった……
※
「はぁ、まいったわね……」
姫宮先輩と別れた後も、ひとり休憩所に残っていたあたしは、ソファーにもたれ掛かり
ながら特大のため息とともに胸にわだかまった悩みをはきだした。
『ふァ~~~。ムにゃ。あのさァ~、そんなに気にするコトないんじゃないノ? まだ一
ヶ月もあるジャン』
お気楽極楽が実体化したようなトロンがテーブルの上で寝そべり、お尻をぽりぽりと掻
きながら話しかけてくるのを見て、頭に血が上ったあたしは思わず両手でテーブルを激し
く叩くとトロンを怒鳴っていた。
「なに悠長なこと言ってんのよ! もう一ヶ月“しか”ないのよ? 少しは危機感持ちなさ
いよ!」
いよ!」
根本的な危機的状況ってやつに気づいていないトロンに、あたしは思わず泣きたい気
分になってしまった。
あたしのテンションをどん底に落とした理由は、姫宮先輩と別れる時にレスティーアの
分になってしまった。
あたしのテンションをどん底に落とした理由は、姫宮先輩と別れる時にレスティーアの
出したひとつの提案にあった。
それはトロンとの再戦を一ヶ月後に行いたというものだった。あたしだって、このまま
ズルズルと時間ばかり過ぎていく状態に耐えられないというレスティーアに気持ちはわか
るんだけどね。
「だいたいあんたが調子にのって『OKェ。首のジョイントでも洗って待ってなヨ、レスP~』
なんて火に油を注ぐようなこと言うから、引っ込みつかなくなったんでしょう?」
なんて火に油を注ぐようなこと言うから、引っ込みつかなくなったんでしょう?」
あたしは嫌味のつもりでトロンの声色を真似したが、このヤローはまったく気にした様
子もみせず、手をたたいて喜んでやがる。
「笑ってる場合じゃない! それに前に言ってた対レスティーア用の“矛”とやらは完成
したの?」
あたしは以前、トロンに初めて合気道の稽古をつけた時にトロンの言った言葉を思いだ
し、本人を問い詰めた。
『う~ン。まァ、基本プランまでは終わったんだけどネ~』
あたしの剣幕にたじろぐこともなかったトロンは、痛いところを突かれたのか、途端に
歯切れの悪い口調になる。
「ねぇ、トロン。あんただってわかってるんでしょう? 今のままじゃレスティーアには
勝てないってことぐらい……」
『…………』
あたしの真面目な口調にトロンはうつむき黙ってしまう。そう、トロンだってそんな事
ぐらい気づいてるはずなんだ。
それは、ここ数週間にわたって続けている合気道の特訓が、思ったほどの成果をあげて
いないことだった。
正直いえばこうなることは薄々わかっていた。短期間の特訓とはいえ、トロン自身の腕
正直いえばこうなることは薄々わかっていた。短期間の特訓とはいえ、トロン自身の腕
はかなり上達したと思う。でも、それはあくまで“型”での話しだった。
実際、他の武術同様に型は重要なファクターだと思う。でも、相手の動きに対して常に
微妙な力加減や反応を必要とする合気道は、他の武術以上に実戦形式の稽古が必要
だった。
だった。
ただ、そうはいってもあたし自身がトロンに直接稽古をつけられるはずもなく、実際ど
うしたものかと悩む毎日だった。
「はぁ。あたしが神姫だったらなぁ……」
『くす、だったら隣さんが神姫になってみますか?』
天上をうつろに見つめながら、誰に言うともなく思わず口を突いてでたセリフに、かす
かな笑いを含んだ儚げな声が重なる。ハッとなったあたしが驚き、声のした方を見ると、
目の前のテーブルに銀髪をたなびかせたリベルターが、はにかんだような笑みを浮かべ
立っていた。
立っていた。
突然のことに声もなく、ただリベルターを見つめていたあたしにどう対応していいかわ
からず、急にリベルターはオロオロとし始め、自己紹介を始めた。
『あ、あの申し送れました。わたしはここでシステムの管理運営を総括しているリベルタ
ーといいます。えっと、タイプはアーンヴァルで、好きな食べ物は……』
完全に舞い上がってしまったのか、延々と自分のプロフィールを話し始めるリベルター。
なんか、最初に感じた神秘的なイメージが微塵もないんだけど……
「え~、そうじゃなくって、今リベルターが言ってたあたしが神姫になれるってどういう
意味なの?」
「それについては私から説明しよう」
ようやく我に返り、顔を真っ赤にしてうつむいてしまったリベルターに変わり、奥の方
からゆっくりとした足取りで歩いてきた店長さんは、柔和な笑みを浮かべながらそう言っ
た。
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