神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

わんだふる神姫ライフ 第28話

『ん? なんじゃ美雪よ。この目つきの悪いストラーフが、わらわの相手かや?』
 はるか高みにある桜庭さんの胸ポケットからあたしたちを見下ろしながら、目に突き刺
さりそうな派手な色彩の扇を取り出しトロンを観察していた狐姫だったが、それにもあき
たのか、あたしの方に首を回した。
『これっ、そこの子供! そちがこのストラーフのオーナーかや?』
「こ、子供って……し、失礼ね! あたしはこれでも17歳よっ!!」
『17?』
 怪訝そうに眉をしかめると、狐姫はあたしの身体を上から下まで無遠慮に眺め回しなが
ら、扇で口元を隠すと哀むようにこう言った。
『ストラーフ同様、目つきが悪いうえになんとも貧相な身体つきのおなごじゃのぅ、まるで
トリガラじゃ。きちんと親に食事は与えられておるのかや? ガラ女よ』
「な? なななななっ!」
『……ガラ女?』
 あまりの罵詈雑言に二の句が告げなくなったあたしの耳に、まるで地の底から響いてく
るような押し殺した声が聞こえてきた。
 
                        あ、ヤバッ!
 
 あたしは自分の怒りも忘れて、トロンに視線を移した。
 
                     わんだふる神姫ライフ
 
                第28話     「本心」
 
『OK、ボクでよければ相手になるよ。ただし、戦場はボクが選んでもいいかな? それ
と……』
 トロンはそこでいったん話を区切ると、チラリとあたしの方を向き、すぐに視線を狐姫
に戻すと話を続けた。
『バトルはヴァーチャルバトルで闘りたいんだけどね』
『よかろう。それぐらいのハンデはくれてやろうぞ』
『……そりゃあ、どうも』
 胸を張りながら尊大な態度で答える狐姫を一瞥しながら、トロンはコンソールのキーを
いくつか叩き戦場を設定すると、アクセスポッドの方に足早に向かって行く。
「ちょ、ちょっとトロン……」
 あれよあれよという間に進んでいく話に蚊帳の外状態だったあたしが口を開くと、トロ
ンはポッドに腰掛けながらにっこりと微笑む。
『大丈夫だって、ボクはいたって冷静なんだからさ』
 重苦しい音をたてて閉まるアクセスポッドにトロンの姿が見えなくなっても、あたしの
不安は消えなかった。
                         ※
トロンと狐姫が転送されたフィールドは、つい少し前にミーアとの戦いが行われた市外
地ではなかった。高層ビルのような建築物は無く、せいぜい2、3階立ての高さの建物や
小さな店舗が一本の大通りをはさんで軒を連ねている、こじんまりとした商店街のような
フィールドだった。
「あれっ? これってあたしが住んでる町?」
 眼前に広がる光景に、なにか懐かしさを感じていたあたしがよく町並みを観察すると、
フィールドの中によく利用するコンビニやスーパーがあった。
 
そういえば店長さんが新しいバトルフィールドを追加したって言ってたけど、これの事
だったんだ。
 
「それにしても、何もこんな地味なフィールドを追加しなくってもいいのに……」
『あはははははっ、リン! これ見てよ。コレッ!』
 店長さんの趣味に首を捻っていたあたしは、能天気なトロンの声に我に返り、モニター
を覗き込む。
「わっ! な、何よ、ソレっ?」
そこには、張りつけたような不気味な笑みを浮かべた人形が、あたしを見つめていた。
『本当! 変な顔だよね~』 
 画面いっぱいに広がっていた人形の顔が少し後ろに下がると、その間からトロンの顔が
ひょいと現れ、おもしろそうにぺチぺチと人形の頭を叩いている。
 少し距離が開いたことによって全体の姿が見え、あたしはトロンが抱きかかえている人
形が、最近この町にできたファーストフード店「コンバット・フライドチキン」のマスコット、
サンダース軍曹の人形である事に気がついた。
「な、何やってんのよあんたは? もうバトルが始まるわよ。それとその人形はちゃんと元
の場所に戻しておきなさいよね!」
『ちぇっ、は~い』
 姿こそ見えないが、もう狐姫だってフィールドには着いているはずなのに、ぶつぶつ言
いながら自分の背丈ほどある人形を店先に引きずっていくトロンを目で追うと、あたしは
呆れ果ててしまった。
『よっこいしょっ、と。ふう、……ねぇ、リン』
 人形を元あった場所に置くと、トロンは両手をはたきながらあたしに背を向けたまま、
ポツリとつぶやいた。
「どうしたのよ? 急に」
『……ボク、この戦いが終わったら結婚したい人がいるんだ』
「こんなところで死亡フラグを立てるなっ!」
『やれやれ。せっかくボクが少しでも緊張をほぐしてあげようと思ったのにさぁ、本当に
リンって心に余裕のない子だよねぇ~』
「余計なお世話よ! あたしに言わせりゃあ、あんたのほうが緊張感無さす……」
 たまりませんな~こりゃあ、と言わんばかりに肩をすくめ、ため息をはくトロンに一言
言ってやろうとしたあたしの声は、試合開始を告げる電子音にかき消されてしまった。
『さて、そろそろ行くかな。じゃあね、リン』
 トロンは好き勝手ほざくと、風のように動き出した。
「やれやれ、なにが『じゃあね、リン』よ! でもトロンのやつもいつも通りみたいだし、こ
れなら問題はなさそうね」
 ようやく安心しながらモニターに目をやったが、もうどこにもトロンの姿は映っていなか
った。
                          ※
 あたしは、フィールドの各所に設置されたカメラが映し出す映像をコンソールパネルに
設置されたモニターに映し出していく。
 そのなかにメインストリート(というほどの物でもないけどね)で狐姫と対峙するトロン
の姿があった。
『まったく、待ちくたびれたではないか。まあよい。遠慮はいらんぞ、かかってまいれ、
ストラーフよ』
『ボクの名前はトロンだよ。それよりかかってこいって、丸腰で闘るつもりなのキミ?』
 道のど真ん中で腰に手をあて、仁王立ちの状態の狐姫に苦笑しながらトロンが尋ねる。
 それに関しては、トロン同様あたしも疑問に感じていた。確かにトロンも人のことは言え
ないくらいに武装は少ないが、狐姫に至っては、蓮華の特徴ともいえる武装を何ひとつ
身に着けていなかった。
『ふむ、心配には及ばぬぞストラーフ。そちの相手なぞこのままで充分じゃ』
 狐姫は手にした扇をパチンとたたむと、静かにトロンを手招きし始めた。
 トロンは微かに目を細めると、猛然と狐姫に向かってダッシュした。そしてあっという間
に距離を詰めると、狐姫の顔めがけてストレートを叩き込む。
 唸りを上げて放たれたその一発は、なぜか狐姫の身体をすり抜けてしまった。トロンの
瞳に動揺の色が浮かぶ。
 だがトロンは驚きの表情を浮かべたまま体勢を立て直すと、薄笑いを浮かべている狐姫
に息つく暇も与えないほどの連撃を繰り出す。
 一発、二発、三発。だが、それらの攻撃は虚しく空を切るだけだった。
「おかしい……」
 あたしはモニターに映し出される映像を見ながらつぶやいた。あたしの脳裏に生じた疑
門はトロンの攻撃をことごとくかわす狐姫の動きにではなく、トロン自身に対してだった。
 あまりにもトロンの攻撃が単調すぎる。最初は狐姫の隙を誘うためとワザとやっている
のかとも思ったけど、どうもそうではないみたいだった。
『ほほほ、どうしたのじゃストラーフ? さっきからまるで当たらぬではないか。そんなこと
では、あのガラ女も悲しむぞよ』
『くっ、お前!』
 狐姫の挑発にトロンの顔色が変わる。血が出るほど唇を噛み締めると、トロンはガムシ
ャラに狐姫に殴りかかったが、それはもはや子供のケンカと同じレベルのものであり攻撃
などと呼べるものではなかった。
「やっぱり、トロンのヤツ……」
 あたしはようやくトロンの本心に気がついた。
『ふん、つまらん!』
 狐姫は不満そうに鼻をならすと、強烈な蹴りをかわしながら、手にした扇でトロンの頬
を張り飛ばした。
 それほど力はこもっていなかったろうけど、狐姫の一発は蹴りをかわされバランスが崩
れていたトロンを背後の建物に叩きつけるのに充分だった。
『く、くっそう!』
 背中をしたたかに打ちつけたトロンだったけど、素早く身を起こすと口元をぬぐいなが
ら、狐姫を激しく睨みつけていた。
「トロン聞こえる? いったん狐姫と距離をとるの。あんたの後ろにある店に入って!」
『どうしてさ、リン。ボクはまだ……』
「いいから早く!」
『くっ』
 不満気な顔をみせるトロンを一喝すると、トロンは渋々と店の中に飛び込んだ。
『あっ、逃げるとは卑怯じゃぞ、ストラーフ』
 慌ててトロンを追いかける狐姫。ふたりが入った建物は、ここら辺では一番大きなスー
パーだった。
「トロン! とりあえずそこら辺にある棚でも製品でもいいから倒しちゃえ!」
 理由がわからず複雑な表情であたしの方をチラリと見たトロンだったが、店の奥に向か
って走りながら積んであった缶詰やお菓子の箱をなぎ倒し、近くの棚に体当たりを始める。
『な、なんじゃあああああ?』
 ただの時間稼ぎのつもりで指示したんだけど、狐姫はこんな子供だましの手に引っかか
ってくれた。
 転がってきた缶詰に足をとられて転倒すると、その上から崩れてきた棚の下敷きになっ
てしまったのだ。
『ラッキー。この隙にとどめを~』
「だめっ! 今は距離を離してって言ったでしょう? もう少し行くと右手にドアがあるはず
だから、そこから外に出て」
『で、でも』
「急いで!」
『くそっ』
 狐姫が棚に挟まれ身動きできなくなったことに気づくと、トロンは嬉々として後戻りしよ
うとしたが、あたしの強い口調に不満そうな表情をみせながらも、すぐにドアに向かって
走り出した。                 
 店の外に出るとトロンは叩きつける様にドアを閉める。背後で不当な扱いを受けたドア
が不平の声を上げる。
『はあ、はあ、ふう……リン、なんでボクを止めたの?』
 まだ肩で息をしていたトロンは、乱れた呼吸を直そうともせず、激しい剣幕であたしに
食って掛かってきた。
 いつものあたしだったら、売り言葉に買い言葉でトロンと舌戦を始めていただろう。で
もトロンの本心に気づいた今のあたしは、とてもそんな気分にはなれなかった。
「随分とご機嫌ななめね。 ねぇ、トロン。今トロンが怒っているのは、攻撃を中止させた
あたしに対して? それとも、そんなあたしをバカにした狐姫に怒っているの?」
『…………』
 どこからこんな声が出てるのか? と自分でも驚くような優しさを含んだ口調で、あた
しはトロンに問いかけていた。
 あたしのリアクションはトロンとっても意外だったらしく、拍子抜けしたような表情を
みせている。でも、いつもと違って、そんなあたしに茶々を入れようともしない。
「トロン、あんたがあたしのことを思って本気で腹を立ててくれることは、すごく嬉しい
わ。でもね、それも時と場合によりけりなの」
 そう、トロンはずっと怒っていたんだ。バトルが始まった直後に、妙にハイに見えたの
は、その怒りをあたしに悟られないためにわざとおどけて見せていただけだった。
 カメラ越しに射るような視線であたしを睨んでいたトロンも、今はうつむきその表情は
見えない。でも、少し前までトロンの全身から放出していた怒気は嘘のように消えていた。
「怒りは冷静な判断と思考を阻害するだけで何も生み出さない。そして、それは合気道に
とって最も大切な、自然体であるという事と対極に位置する物なの。トロン、あんたが今
より強くなりたいと思っているなら、まず自分の中の怒りに勝つことね」
 あたしはここまで一気にまくしたてると、ニヤリと笑った。
「極楽トンボのあんたなら、そんなに難しいことじゃないでしょう? まずは大きく深呼
吸でもして、クールビズよ!」
『……それを言うならクールダウンでしょ? やれやれ、やっぱりリンにはボケはまかせ
られないね』
 ドアにもたれ掛かりながらポツリとつぶやくと、トロンは大きく息を吸い込み、いきなり
自分の頬をパンッと叩いた。
 トロンはしばらくそのままの格好だったが、やがて小さく息を吐き出すとあたしの方に
向き直った。その金色の瞳には、今度こそ怒りの色は見えなかった。
『……ありがとう、リン』
「お礼だったら、あんたが勝ってからにしてほしいわね」
 あたしの声にトロンはしっかりとうなずくと、踵を返し、狐姫の待つ大通りめざして狭
い路地を走りはじめる。
 
 狐姫、桜庭さん、覚悟しておいてくださいね。ここからが第二ラウンド、ううん、本当
の戦いの始まりなんだから!
 
   あたしはトロンの背を目で追いかけながら、新たな激戦の予感を感じていた。
 
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