神姫者の巣

神姫好きの、また~りとしたブログ

武装神姫 クロスロード 第38話



                 武装神姫 クロスロード

                第38話 「過去」

「トロン、あんた──アイツのこと知っているの?」
『……いや』
 あたしの問いかけに、つぶやくような否定の声。でも、その声に何か違和感を感じ、あ
たしは首を回した。
「どうしたの?」
『なんでも…ないさ』
 トロンはあたしの方を見ようともせず、明らかに苦痛に耐えるような顔をしながらそう答え
なおも宙天を食い入るように見ている。

 トロンの態度は気になったけど、いまは目の前の片桐たちから目を離せない。

「いかがです、一ノ瀬さん?」
「何がよ?」
 まるで、何かに酔ったような口調で片桐が話しかけてくるが、あたしの唸るような声音
に、みるみる片桐の顔が青ざめていく。
「いえいえ、このサタナエルのことですよ。どうですこの姿。まさに美の結晶だとは思い
ませんか?」
「……べつに!」
 きっぱり言い切るあたしに、片桐がかなしそうな顔をする。ハンカチを目に当てながら、
いかにその考えが間違っているか滔々と語り出すが、あたしはまったく取り合わなかった。
 それは、さっきから頭上で聞こえる音のせいだった。

                みんなが戦ってる!

 ようやく視界が開け、あたしは目だけを四方に向けた。
 誰もいない──どうやら、一階に落下したのはあたしとトロンだけみたいだった。

          というより、あたしたちだけ……誘われた?

「……トロン。何とかこいつらをやり過ごして、姫宮先輩たちと合流するわよ」
「上にいるみなさんのお相手は使徒たちが勤めます。お二人がそんなに慌てることはあり
ませんよ」
 耳ざとくこあたしたちの会話を聞きつけた片桐が、図々しく話に割って入ってきた。
「それに、こちらにいるサタナエルがどうしても話をしたいと申しましてね」
 片桐がちらりと背後に目配せすると、サタナエルが音もなく進み出る。

 間近で見るサタナエルは、見れば見るほど奇妙な形をしていた。最大の特徴は、見た
ところ手足と思われるパーツが見あたらないことだった。
 全体は複雑な箱状のパーツで構成され、中央に埋め込まれるようにサタナエルが座して
いる。神姫たちの武装がその身に纏うタイプなのに対して、サタナエルのそれはまるで
乗り物のように見えた。
 本体の左右からは翼を思わせるようなパーツが張り出し、背後には聖人をモチーフに
した絵画に見られるような後光を連想させる巨大なリング状の物体が取り付けられていた。

             その姿は、見ようによっては天使にも見えた。

                  ただし、異形の天使……
 
 サタナエルはトロンを見つめたまま微動だにしなかった。
 バイザーからかすかにのぞくサタナエルの瞳は、懐かしさと激しい怒りの炎をふくんだ
奇妙な光を宿していた。
『ボクに何か用があるなら、さっさと済ませてくれないかな? こう見えてもけっこう忙
しいんでね』
 真っ向からサタナエルをにらみつけたままトロンは言い放つが、その口調にはいつもの
迫力がまるで感じられなかった。
 いぶかしげに肩に視線を走らせると、トロンはあたまに手をやり何かに耐えるような顔
をしている。
「どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
 あたしの問いかけにも応えず、トロンは唇を噛みしめサタナエルを睨みつけている。
『……その人を喰ったような口調、少しも変わらんな』
 サタナエルの口元がわずかにほころぶ。だがそれは、何かを堪えているようにも見えた。
 サタナエルの声を耳にするや、なぜかトロンは両手であたまを押さえうつむいてしまう。
『私を覚えていないのか?』
 どこかさみしそうにサタナエルはつぶやく、でもそれはほんの一瞬のことだった。
『だが私は決して忘れない』
 豹変したサタナエルの口調に、トロンは思わず顔を上げる。その表情は、今まで一度も
見たことがないほど困惑に覆われていた。
 サタナエルはゆっくりと首を巡らし、そんなトロンを見つめていたが、やがてその唇が
ゆっくりと動いた。



                   『なあ、ルシエル……』


 サタエルのつぶやきにトロンの身体が硬直する。
『な、なんのことだ? ボクの名前は……』
『ルシエル──貴様の本当の名だ』
『ちがう! ボクはトロンだ!!』
 トロンの絶叫にも似た叫びが、室内に木霊する。
『やはり、あのダメージで記憶を失っているのか……だが、私は決して忘れん。この身
体に傷をつけた出来損ないのガラクタの名をな!』
 完全に戦意を失い。狂ったように頭を振り続けるトロンをながめていたサタナエルの唇
が、いびつな形にゆがむ。
 それは、悪童がとんでもないいたずらを思いついた時の顔だった。
『それでいいのか、ルシエル? ミス・アーミティッジが今の貴様を見たらどう思うかな?』
 握り潰さんばかりいきおいで頭に手をやっていたトロンの動きがピタリと止まった。
『……アーミ…ティッジ……』
 虚空を見つめながつぶやくトロン。サタナエルはその巨体をゆっくりと旋回させトロンと
対峙すると、身を乗り出し観察するかのようにトロンの顔をのぞき込む。 
『そう、アーミテッィジだ』
『アーミテッィジ………………シャーリー!?』
 トロンの身体がおこりにかかったように震え出す。
『う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!』
 両手で頭を抱え、これ以上はないほどカッと目を見開くと、トロンは声も限りに叫びだ
した。

 怒り、悲しみ、憎しみ、悔恨……それは、あたしが生まれて一度も聞いたことない魂を
引き裂くような叫びだった。

「どうしたの、トロンッ!」
 あまりのことに硬直していたあたしの身体は、トロンの叫びでようやく自由になった。
 両手で耳をふさぎながらトロンに話しかけるが、あたしの声はまるでトロンにはとどい
てはいないみたいだった。
 無限に続くかと思われたトロンの叫び。でも、それは始まりと同じように唐突に終わる。
糸が切れた人形のように全身の力がぬけ、トロンはいきなり地上めがけて落下した。
「トロンッ!!」
 反射的に身体が動き、足が地を蹴る。衝突寸前のトロンをかろうじてキャッチした。
 トロンを受け止めたところまではよかったけど、バランスをくずしたあたしは、盛大に
床を転がる羽目になった。
「痛てて……トロン、どうしちゃったの? しっかりして!」
 手のひらのトロンを激しく揺さぶるが、両目を開き脱力したかのように四肢を投げ出し
たまま、トロンはピクリとも動かなかった。
「あんたたち、トロンに何したのよッ!」
 すぐそばに浮かんだままのサタナエルと片桐をにらみつけながら、あたしは激しく誰何
した。
『別に何も、……ただ私は真実を伝えただけだ』
「真実?」
『そう。主の命すらすら守れなかった、哀れなガラクタの物語をな』  
 そう言いながら、嘲笑するサタナエル。あたしの頭に一気に血が上る。
「お前ッ!!」
 こぶしをにぎりしめると、あたしは立ち上がった。
 一瞬、気圧されたような表情を浮かべたサタナエルだが、怒りに身体を震わせるあた
しを見るや口元に苦笑が浮かぶ。
 サタナエルの武装の各所が開き、無骨な形のビーム砲がせり出してくる。
 いくらなんでも、ビームより早く動くなんて不可能だ。
 現実を突きつけられ硬直するあたしに、ゆっくりと砲身が動き照準を合わせる。
「くっ!」 



     あたしはトロンをかばうように抱きしめる以外に、為す術がなかった。

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武装神姫 クロスロード 第37話


                  武装神姫 クロスロード

                   第37話 「激突」


 部屋に突入してくると同時に、使徒たちは一直線にこっちに向かってくる。ガーネット
とリューネはその動きに対応するかのように左右に展開し、上空のリベルターはいつで
も二人を援護できるように高さを保ったまま前進する。
 ガーネットたちの対応のすばやさに、トロンとルーシィは完全出遅れ取り残されてしま
った。
 慌ててみんなの後を追おうするが、トロンは肩をつかまれ反射的に振り返る。
『お前たちはここに残り、姫たちを守ってくれ』
 レスティーアはそう言うと、何か言い返そうとするトロンを残し、返事も聞かずガーネ
ットたちの後を追ってしまう。

「レスティーア、フォーメーションB1からB4を実行。状況しだいではフォーメーショ
ンC3、F2で対応して」
 端末に浮かぶ情報をめぐるましく見ながら、姫宮先輩の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。
 リアユニットのブースターを轟かせ、レスティーアは手にした銃を乱射しながらガーネ
ットたちを追い抜き使徒たちのただ中に突き進む。
 一瞬気税を削がれた使徒たちはすぐにレスティーアを包囲纖滅しようとするがそううま
くはいかなかった。
 レスティーアは四方からの使徒の攻撃を避けながら、手にした銃で正面を狙い、同時に
強化腕の銃を使い側面や背後の使徒たちを同時に狙撃するという離れ業を見せていた。
 レスティーアの放つビームに身体を貫かれ、ニ体の使徒が閃光に包まれる。彼女の猛攻
を避けんと回避を試みた使徒がひとり、背後から襲いかかる光の束に飲み込まれ消滅する。
 頭上を見ると、リベルターがCL3レーザーライフルをかまえ眼下を見下ろしている。
『ペイィィィン ナッコォォォォオオオオオッ!!』
 場を震わす雄叫びに振り返ると、リューネの剛拳が使徒のお腹にめり込んでいた。しか
も、さらに背後の使徒まで巻き込み、そのまま一挙に壁めがけて叩きつけた。
 使徒の身体は二つに分かれ、そのまま落下していく。

 リューネたちの攻撃に動揺した使徒たちだが、すぐに高速で移動しながら除々に間合い
詰めてゆく。
『秘剣、刃狼───ッ!』
 だが、使徒たちの策は水泡に帰したみたいだった。ガーネットの放つ疾風の狼に全身を
切り刻まれ、数体の使徒が力なく地に落ちてゆく。
『……す、すごい』
 惚けた顔をしながら、ルーシィがあたしたち全員の心情を代弁するようにつぶやいた。
 たしかにレスティーアたちの獅子奮迅の戦いは、見事の一言につきた。
 でも、傍観者となったあたしたち全員がルーシィと同じ考えというわけではないみたい
だった。
「いつまで不手腐れてんのよ?」
 さっきから苦虫を噛みつぶしたような顔で眼前の戦いを見ていたトロンは、ふいに顔を
上げる。
『アレを見て、心穏やかでいられるわけないだろう? まったく! レスPたち、ボクと
戦ったときは手を抜いてたんだ!!』
「……それは違うわ」
 忌々しげにレスティーアたちを睨みつけていたトロンは、不満そうな顔であたしを見
上げた。
「たしかに今のレスティーアたちはあんたと初めて闘ったときより強い──それは間違い
のない事実だわ。でもね」
 あたしはいったん話を止めた。
「でも、トロンと戦ったとき、間違いなくレスティーアもガーネットもリューネもあの時持てる
力をすべて使い、全力で相対してくれた……それは彼女たちと直接拳を交えたあん
たが一番わかっているはずよ」
 トロンだって充分思い当たる節はあるはずだ。諭すようなあたしの口調に、トロンはだ
まってうつむいてしまう。
「それにしても……」
 ほんとうに今のレスティーアたちは強かった。

                     このままいけば……

「このままいけば、ガーネットたちが使徒をやっつけちゃいそうですね?」
 あたしの代わりに、美佐緒はにこにこしながらみんなに同意を求めている。
「残念だけど、そううまくはいかないと思う」
 姫宮先輩は端末に浮かぶ情報をめぐるましく追いながらつぶやく。
「たしかに、敵の策を逆手に取りこちらの奇襲は何とか成功したが多勢に無勢、いずれは
使徒たちも攻勢に転ずるだろう」
「そんな」
 さっきまでの楽観的な雰囲気はどこへやら、美佐緒の表情が一瞬に曇った。
『あっ!』
 ルーシィの声に一同は我に返った。ルーシィが指さす先では逆襲に移った使徒たちを前
にレスティーアたちが苦戦を強いられていた。
『あぶない、レスP!』
 数発の直撃を受け体勢を崩すレスティーアを見るや、トロンは後ろも見ずに駆け出した。
「ちょっと、トロン!?」
 慌ててトロンの後を追って走り出したあたしの耳に、インカムを通し“リベルター”の
途切れ途切れの声が木霊した。
『カ…ホウヨリ、コウ…エネル…ギータイ、セ…ッキン』
 次の瞬間、床から幾条もの光の柱が立ち上った。それが何か理解する前に、無数の亀裂
が床を覆い、いきなり足下がすっぽ抜けた。
 あとに残ったのは、宙に浮くような感覚だけだった。

                         ※

「痛っ!? ……痛っう~~~~」
 朦朧としていたあたしの意識は、突然身体を襲った痛みに一挙に覚醒した。
「げほっ、げほっ。な、何よこれ?」
 大きく息を吸い込もうとしたあたしは、口の中に入ってきた大量の埃や粉塵に盛大にむ
せ返った。
『げほっ! だ、大丈夫、リン?』
「う、うん、な、なんとか……あんたの方こそ、だいじょ……くしょん!!」
 声を出そうとしてだけでこのザマだ。とりあえず、互いの無事を確認できたので、あたしたち
は口を閉ざす。肩の上に、トロンが着地する感触があった。
 ようや視界が晴れてきて、あたしは現状を把握しようと辺りを見回していたが、ふと頭
を上げると思わず息をのんだ。天井にぽっかりと大穴が開いていた。
「な、何なの、あれ?」
 きれいな真円を見ながら、途切れていた記憶がよみがえる。

                 そうか、あたしはあそこから……

『どうやら、高出力のビームで打ち抜いたみたいだね』
 穴の縁にできた焼け焦げた跡を身ながら、トロンがつぶやく。あたしはようやく、二階
にいたとき足下から立ち上った光の柱の正体を知った。
 その時、かすかな人の気配を感じた。視線を前に向けると非常灯の照らす薄闇のなか、
かすかに人影が一つ見えた。
「片桐……」
 あたしは呻くようにつぶやくと、身を起こした。
「いや~、少々やりすぎちゃいましたかね?」
 口元をハンカチで押さえ、残った手で埃を払いながら片桐が笑う。
 あまりの痛みに、悲鳴を上げている身体を叱咤しながらあたしは身を起こした。
 反射的に片桐に飛びかかりそうになったが、トロンがいち早く気づき、服の襟を
思い切り引っ張る。

                      あたしは馬か?


 ムッとしてトロンをにらみつけるが、当の本人は気にした様子も見せず、前を指さす。
トロンの指し示す先に、大きな影が浮かんでいた。
 それ自体が発光しているかのように白いを燐光を纏った巨体。それは、片桐より頭一つ
分高い位置に浮かび、まるであたりを睥睨するかのようにあたしたちを見下ろしている。
「あれが……サタナエル?」
 うめくようにつぶやくあたしを見下ろしていたサタナエルの目が、わずかに細まった。
『ひさしぶりだな?』
「えっ?」
 よく響く凜とした声。でも、それは凍てつくような冷たさを伴っていた。
 思いもしなかったサタナエルの第一声に呆気にとられたけど、その言葉があたしに、向
けられたものではないことに気づいた。

                      「……トロン」

 あたしは、サタナエルの視線の先……肩の上を見ながら、ささやくようにつぶやいた。

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武装神姫 クロスロード 第36話

                武装神姫 クロスロード

          第36話   「宴のはじまり」

「リベルター。熱源の数は?」
『カク…ニンシタ、ソウス…ウハ、十六…デス』
 店長さんの問いに、“リベルター”の冷静な声が重なる。
「じゅ、十六? 使徒って、まだそんなにいたの?」
『イエ…。シトト…オモワ…レルハンノウ…ハ、十五デ…ス。ノ…コリノ…ヒトツハ、モ
ット…キョダ…イナ…』
『サタナエル!』
 “リベルター”の報告を、もうひとりのリベルターがさえぎる。片桐は言っていた。こ
のパーティーの主役の名を……

『それともうひとつ……人の気配を感じるでござる』
“リベルター”の声に相づちを打ちながら、じっと目を閉じていたガーネットが静かにつ
ぶやく。
「ブラボ───ッ! この混沌とした光景。実にすばらしぃッ!!」
 いきなり階下から、割れんばかりの拍手とともに、感極まったと言わんばかりの声が響
く。あたしは、その声を聞いたとたん、無意識に走り出していた。
「一ノ瀬さん!」
 いきなり横から、あたしに多い被さるように姫宮先輩がしがみついてくる。
「は、離してください! 先輩だって聞こえたでしょう? 片桐のやつが下に来てるんですよ?」
 必死に引き剥がそうとするが、姫宮先輩のどこにそんな力があるのか、あたしの身体は
ぴくりとも動かない。なおもあたしがもがくと、先輩はあたしの襟元を鷲掴みにした。
「だからこそ冷静になって! 彼の挑発にのっては駄目!!」
 そう言いながら、先輩は何度もあたしの身体を揺する。その剣幕に、ようやくあたしは
身体の力を抜くと、大きく息を吐いた。
「すみません、つい……」
 先輩はあたしの声になにも答えなかったが、優しくうなずいてくれた。
『まったく。リンは本当にイノシシ属性だね』
 特大のため息をつきながらトロンが歩いてきた。その背中には、一対の漆黒の翼が動作
確認のためだろうか、交互に羽ばたきを繰り返している。
 いつもだったら売り言葉に買い言葉。たちまち舌戦が始まるところだが、さすがに今回
はあたしの方が分が悪かった。しゅんとうなだれるあたしを見ていたトロンが、姫宮先輩
を見上げる。
『ありがとう、かおリン』
 先輩はかすかに微笑んだ。
「で、肝心の作戦はどうするんですか? このままみんな一緒に戦うとか?」
 美佐緒の心配そうな声で、一同が我に返る。
『だが……使徒の数はこちらの倍以上でござる。一点集中を計ろうものなら……』
『さぞ、いい的になるでしょうね』
 ガーネットのつぶやきに、肩をすくめながらリューネが相づちを打つ。
『ならば、いっそこちらも散開し、使徒を各個撃破するしかないのではないか?』
『そ、それじゃあ、リンさまたちもバラバラになっちゃうじゃないですか! そしたらわ
たし、どうすればいいんですか?』
 レスティーアの提案に、ルーシィが真っ青になりながら反論する。
「はい!  あたしに名案がある!」
 思考のループに陥った一同の視線が、あたしに集中する。
『……何、名案って?』



             ── リンに期待はしてないよ ──



 あたしを見つめるトロンの目が、そう語っていた。

 ムッとしながらも拳をにぎりしめ、あたしは一ノ瀬家に代々伝わる格言を叫んでいた。

「おじいちゃんが言ってた。“迷ったら、殴れ”って!」



              何ともいえないヤな空気が、場を覆った。



『ハイハイ、そうだね。……ところでリン。悪いんだけど、ボクたち今立て込んでてね。
話が済むまで向こうに行っててくれないかな?』
 トロンのヤツは、悪魔のくせに天使のような笑みを口元にたたえ、まるで笑っていない
瞳であたしを見ながら部屋の隅の方を指さす。
 あたしは再び円陣を組んで話を始めたみんなを黙って見ていたが、やがて背を向けると、
トボトボと歩き出す。
「……何よ、あの態度! あたしだって一生懸命考えてるのよ?」
 あたしはしゃがみ込むと、壁に向かって呪詛のごとくつぶやきはじめる。

 しばらくすると、下から片桐の困ったような声が聞こえてきた。
「むぅ、誰も来ませんね~。私が来たと知れば、単細胞の一ノ瀬さんあたりなら意の一番
に降りて来ると思ったのですが……良識ある他の方に止められたのですかね?」


                うっせーよ、メガネ!


 一から十まで当たっているだけに反論もままならず、あたしは壁に向かってツッコんだ。
「仕方ありませんね。私のスピーチは端折って、パーティーを始めるとしますか……では、
イッツ、ショータイムッ!」
 片桐の声が店内に響きわたる。同時に、あたしの背に悪寒が走った。
 階下から人とは異なる気配が複数、あたしたちめがけて高速で移動してくる。

 その小さな気配とは不釣り合いなほど、明確な殺意をともなって。

『みんな気をつけて、使徒だ!』
 トロンの注意を促す叫びが終わる前に、ことにトロンの左右にガーネットとリューネが
並び立ち、その背後にはレスティーアとルーシィがトロンたちを援護すべく手にした銃を
かまえる。
 火力と機動性に優れた武装を持つリベルターは、攻撃、援護両方に対応できるように、
天井すれすれの位置で待機している。
 あたしたちは、トロンたちの邪魔にならないように部屋の隅に移動するが美佐緒は彫像
のように立ち尽くしたままだ。
「後ろに下がって!」
 場に張りつめた空気のせいだろう、いつもの脳天気さは影を潜め、青ざめている美佐緒
を強引に押しやる。
 すばやく配置につき息を殺して唯一の出入り口であるドアをにらみつけるが、待てど暮
らせど使徒たちは部屋に進入してくる気配すらみせなかった。
「レスティーア、聞こえる?」
 どうしたものかと思案していると、背後からささやき声が聞こえてきた。振り返ると、
姫宮先輩が手にした小型の情報端末をのぞき込みながらインカムに話しかけている。
「ドアの向こう側に使徒の反応があるわ。先制攻撃を…」
『御意!』
 姫宮先輩のささやくようなつぶやきに、凛とした声が応える。
『はぁ? 何言ってんのレス…おわッ!?』
 背後で聞こえた声にトロンはいぶかしげに振り返るが、その鼻先を黒光りにした長身の
銃が通り過ぎ肝をつぶす。
『待ち伏せとはくだらん戦術だ』
 レスティーアは吐き捨てるようにつぶやくと、両の強化腕が握りしめるビームキヤノン
と手にしたビームライフルを前方に向ける。
『きさま等すべて……纖滅する!』
 レスティーアが手にした銃が、一斉に火を噴いた。
 三条の光の束が一つになり、前方のドアを貫く。ドアの向こうから小さな悲鳴と、あき
らかに動揺に包まれた気配が伝わってくる。
「……まずは、一人」
 淡々と事務的につぶやく姫宮先輩。いつもとあまりにちがう雰囲気に、あたしは呆然と
先輩を見上げていた。
『ずいぶん長い間お休みになっていたようですけど、腕の方はさほど鈍っていないようで
すわね、<黒騎士>さん?』
『無駄口をたたいている場合か!』
 肩越しに振り返り、少し揶揄したように話しかけるリューネを、レスティーアは氷のよ
うな声で一括する。
『……来るでござる!』
 ガーネットの声を耳にするや、全員の視線が一点集中する。直後にドアを突き破った使
徒たちが、大量の木片とともに部屋になだれ込んできた。


                   こうして宴ははじまった……

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武装神姫 クロスロード 第35話


                     武装神姫 クロスロード

                 第35話   「接触」


「いや、あのねリベルター、これは違うの!」
 呆れきったと言わんばかりのリベルターの声にあたしは慌てて弁解するが、なぜか
インカムは沈黙を守ったままだった。
『……ぷ、うふふふふふ』
「?」
 さすがにこんな状況で笑い始めたあたしたちの不謹慎さに、リベルターも腹を立てたの
だろうと心配していると、インカムの奥から微かな含み笑いが聞こえた。
 あたしが眉をひそめていると、笑い声はだんだんとトーンを上げていった。
「リベルター?」
 ついに我慢の限界を越えたと言わんばかりに、カラカラと笑い始めるリベルター。今度
はあたしたちが沈黙する番だった。
『ご、ごめん…なさい。こ…んな時に』
 息が続かないのか、途切れ途切れに謝る。
『でも、良かった』
「何が?」
 リベルターの声に、あたしの問いが重なる。
『思ったほどみなさんが気落ちしてなかったことがです。“私たち”も少しは救われた気
分です』
 そう話すリベルターの声も、ずいぶんと明るさを取り戻しているようだった。
「リベルター、私だ。そちらの状況はどうだい?」
『店長さん! ご無事でしたか?』
 インカムを通して話しかける店長さんに、リベルターの安堵した声が答える。
『二階に侵入した使徒は何とか撃退しました。また“リベルター”がサーチした結果では、
現在、店内に稼働中の使徒は確認されません』
「そうか、わかった。私たちもすぐに二階に向かう」
 凜とした声に戻ったリベルターの報告にうなずくと、店長さんはあたしたちの方に振り
向いた。
「聞いたとおりだ。みんな、二階の私の私室に行ってくれ」
 店長さんの声にうなずくと、あたしたちは一目散にエスカレーターへと向かった。
『何をやってるんですの、あの人は?』
 電源の切れたエスカレーターを駆け登り、先に進もうとすると、あたしの肩に乗ってい
たリューネが声をあげる。慌てて振り向くと、てっきり後ろにいると思った店長さんがま
だ下の階におり、床にしゃがみ込んでいる。
「どうしたんですか、店長さん!」
 倒れた陳列棚の辺りで、ごそごそとやっていた店長さんはあたしの声に手を挙げ答える
と、すぐにあたしたちに追いついてきた。店長さんは、あたしの肩を軽く叩くと、先を急
ぐようにうながした。
                           ※

 二階の奥にある店長さんの私室に近づいたあたしたちの足は、目の前の光景を目にした
とたん止まってしまった。
 おそらく高出力のビームを打ち合った結果だろう。壁と言わず、天井や床まで、焼け焦
げ無惨な様相を呈していた。足下には下半身だけとなった使徒が断面から白煙を吹き上げ
倒れている。
『リベルターさん!』
 ルーシィの声に、あたしたちの視線が前方に集中する。 店長さんの部屋へと続くドア
の前に、銀髪のアーンヴァルが仁王立ちで浮いていた。
『よくもまあ、あんな武装で……』
 呆れとも感心ともとれる口調でトロンがつぶやく。リベルターが装備していたのは、ア
ーンヴァルの基本武装だった。
 けっしてアーンヴァルの武装を否定するわけじゃないけど、使徒を相手にするには、少
々パワー不足なのはいなめないだろう。にも関わらず使徒と互角以上の戦いをしたんだ。
 あたしは無傷のリベルターを見ながら、彼女の実力の高さを実感していた。
『さあ、みなさん。急いで中へ!』
 リベルターにうながされ、あたしたちは室内へとなだれ込む。あたしたちが部屋に入る
と、重々しい音とともにドアが閉まった。
『こちらに』
 リベルターに導かれるまま、部屋の奥にある扉をあたしたちはくぐり抜ける。部屋に踏
み込むと同時に、まばゆい光が室内を照らした。
『ミナ…サン。ゴ…ブジ…デ』
 非常用の外部電源でもあったのだろうか、いきなり灯ったライトに目をしばかせている
と、押し開けられたドアの奥、部屋の中央に据えられた大型の作業台の上で、もうひとり
の“リベルター”が微笑んでいた。あたしたちは部屋中に散乱しているコードを踏まない
ように気をつけながら歩を進めた。
「リベルター、無事だったか」
『…ハ…イ』
 店長さんの安堵する様子に、“リベルター”も微笑み返す。あたしたちは、“リベルタ
ー”を取り囲むように部屋の中央に集まった。“リベルター”もあたしたちの無事を確認
するかのように、ゆっくりと首をめぐらせる。
『スミ…マセ…ン、ミ…ナサン』
「みんな覚悟のうえよ、気にしないで」
 苦しげにつぶやく“リベルター”に、あたしは元気いっぱいに答える。強ばっていた彼
女の表情が、わずかにやわらぐ。
「一ノ瀬くんの言うとおりだ。それに、無駄に時間を稼がれ精神的に消耗するのを考えれ
ば、こうやって戦力を集中させ使徒たちを待ちかまえられる今の状況は、考えようによっ
ては、我々に有利だ」
 あたしたちを前に話し始める店長さんに、全員がうなずく。
「幸い敵の第一波は退けた。だがこれで終わりのわけがない。今のうちにこちらもフォー
メーションを決めておこう」
「そうですね。こちらの戦力は五人。これを……」
『ちょ、ちょっと待ってください!』
 店長さんの話に相づちを打ちながら、姫宮先輩が話を引き継ぎ作戦を思案し始めたが、
驚いたような声に、我に返った。全員の視線があたしに、というか、あたしのバッグから
顔をのぞかせているルーシィに集中する。
『あ、あの、かおりさん。ここにいる神姫は六人ですよ?』
 指折り数えながら不安さを隠そうともせず、すがるような表情で姫宮先輩に話しかける
ルーシィ。先輩はすまなそうな顔になる。
ルーシィは泣きそうな顔で周りを見回すが視線が合うと、みな目を伏せてしまう。
『酷なことを言うようですが、使徒との戦いはルーシィさんには少々荷が重いのではなく
て?』
 みんなの心情を代弁するかのように、リューネが口を開く。
『そ、そんな。わたしだって戦えます! ねっ、そうだよね、トロンちゃん?』
 今にも泣き出しそうな顔で、ルーシィがトロンにしがみつく。
『もちろん』
 言葉短に答えるトロン。ルーシィの表情が明るくなる。
『……だから、ルゥにはここに残ってほしいんだ』
 ルーシィの方に向き直りながら口を開くトロンに、またルーシィの表情が曇ってしまう。
『え? でも、それじゃ……』
 不満そうに顔で異論を唱えようとするルーシィを、トロンは両手を上げてさえぎった。
『キンちゃんの言うとおり、ルゥがパンチ力に欠けてるのは事実だ。実際、使徒やエーア
ストとの戦いが始まれば、ルゥをフォローする余裕はボクたちにはない』
 きっぱりと言い切るトロン。ルーシィもそれは充分わかってるのだろう。無言で顔を伏
せてしまう。
『だからこそ、ルゥにはここに残ってほしいんだ……リンたちを守るためにね』
『えっ?』
 思いもしないトロンの提案に、ルーシィが顔を上げる。
『フォローできないのは、ルゥだけじゃない。リンたちの守りも手薄になる。だから誰か
に残ってほしいのさ。……わかってくれた?』
『う、うん』
 トロンの優しげな声に、ルーシィは渋々とうなずく。そんな彼女の眼前に、いきなり黒
光りする長大な銃が差し出された。
『これを使うといい、役にたつはずだ』
 声の主、レスティーアはそう言うと、片手に持っていた大型のビームライフルをルーシ
ィに手渡す。だが予想以上に重かったのだろうか、手にしたとたんルーシィはよろめく。
『いいの、レスP?』
『いらん心配は無用だ』
 心配そうに尋ねるトロンに、レスティーアは残る片手に握った大型のライフルと、背部
の強化腕が手にした、さらに巨大な二丁のビームキヤノンを持ち上げてみせる。
『あ、あの、レスティーアさん!』
 トロンたちが振り返ると、そこにはビームライフルを両手で抱え、おぼつかない足取り
のルーシィが立っていた。
『どうした、ルーシィ?』
 レスティーアの問いに答えず、ルーシィは頬を赤くしてうつむいていたが、意を決した
ように顔を上げる。
『あ、あの…このライフルの使い方を教えてください!』
 レスティーアにとっても、この問いは予想外だったのだろう。ポカンと口を開いていた
が、苦笑いを浮かべると机の端の方にルーシィを連れていき説明を始めた。
「あんたの口先三寸もたまには役に立つのね」
 レスティーアの説明に、いちいち律儀にうなずくルーシィを見ながらあたしが話しかけ
ると、トロンは前を向いたまま興味もなさそうに答えた。
『なんのこと?』
「とぼけないで。ルーシィのことよ。あの子を傷つけないためにあんな言い方をしたんで
しょう?」
 あたしが少し声を荒げると、トロンはようやくこちらを向いた。
『ああ、そのこと? 少なくとも半分は本心だよ』
「半分?」
『片桐は、みさキチをも上回るほどの“ピーッ”だよ。ボクたちの隙を作るためなら平気
でリンたちを襲うぐらいするだろうしね』
 あたしを見上げながら、トロンはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「あんた、そこまで考えて……」
「なるほど、確かに片桐なら十分使いそうな手だね。ならばこちらも、ルーシィくんがレ
クチャーを受けている間にやることをやってしまおう。一ノ瀬くん。これをトロンくんに
つけてくれ」
 トロンの読みの深さに驚いていると、いきなり背後から感心したような店長さんの声が
聞こえた。振り返ると、店長さんは微笑みながらあたしの前に手を差し出す。
「それって……」
『“黒き翼”だね』
 あたしの声を引き継ぐように、店長さんの手のひらに乗っていた物を一瞥すると、トロ
ンがつぶやく。
「そうだ。さすがにトロンくんでも、飛べないままで使徒の相手をするには限界がある」
 あたしは店長さんが店長さんが手渡してくれた品を、まじまじと見つめた。
 “黒き翼”は飛翔速度などにおいて、本格的な飛行用装備には及ばないものの、気軽に
神姫に飛行能力を与えてくれる武装パーツとして人気があった。
「なるほど、これなら調整にかかる時間も少なくてす……あっ!」
 あたしはそこまで話して、さっき店長さんが下の階でなにかを探していたのを思い出し
た。あたしの考えがわかったのか、店長さんがキラリと歯を輝かせながら微笑む。
「それに、使徒の力はやはり侮れないしね」
「どうしてですか?」
 急に真剣な表情になった店長さんに、あたしは尋ねる。
「いや、さっきトロンくんのパーツを捜しているときにみつけたんだが、スチール製の棚
がありえないほどひしゃげていてね。あれを見ていて、今更ながら使徒の恐ろしさが身に
しみたんだ」
「…………」
「ああ、それは使徒じゃなくて、あたまを使いすぎてキレたせんぱいが……あ痛っ!」
 雷にでも打たれたように直立不動になる美佐緒の横で、これ以上はないというほど引き
つった笑みを浮かべるあたしを見て、店長さんが不思議そうな顔をする。

           ごめんなさい、店長さん。ソレ、あたしが犯人です。

 美佐緒の爪先を踵で踏みしだきながら、あたしは心の中で店長さんに陳謝した。
『それよりも、トロンさんの調整を急いだ方がよろしいのではなくって?』
『そうですね。私も手伝います』
 リューネの声にあたしが我に返り、答える間もなく、リベルターはトロンの背を押し、
隅の方に連れていくと慌ただしく用意を始める。
 正直、あたしが手伝うと、かえって足を引っ張りそうだったので、ポツンと立ち尽くし
ていると、背後から感情を感じさせない声が聞こえてきた。

            『ネツゲ…ン、ハン…ノウヲ、カ…クニン…シマ…シタ』


            “リベルター”の声に、部屋中が緊張に包まれる。

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武装神姫 クロスロード 第34話

    
                武装神姫 クロスロード

               第34話   「氷解」

 暗闇より生じた人影は、トロンとすれすれのところで歩みを止める。
 全身を闇よりもなお暗い、黒一色で彩られた巨体は、あたりを威圧するような空気を漂
わせていた。
 その身に纏う甲冑は、曲線を基準としたフォルムは優美さを備え、全身を覆う装甲は騎
士の甲冑のような装飾を施されていた。
 トロンは眼前に立ちふさがる黒い山を黙って見上げていた。その巨体は、基本装備を纏
ったストラーフと並ぶほど大きかった。
 まさに目の前の黒影は“騎士”だった。でも、その身には四丁もの巨大な銃を携えてお
り、腰に一振りの長剣を下げているものの、その姿はあたしのイメージする騎士とは異質
の姿をしていた。

「そうか、あれがレスティーアの本来の姿……」

 レスティーアにつけられた「黒騎士」という二つ名が、レスティーアにとっては皮肉以
外の何物でもないという……前に桜庭さんが聞かせてくれた話の意味を、あたしはようや
く理解した。

 視線を感じ首をまわすと姫宮先輩があたしを見つめていた。先輩にはあたしの考えてい
ることがわかるのだろうか。視線をはずすことなく、静かにうなずいた。
『なかなか似合ってるじゃないか、その格好』
 あたしの心情も知らず、トロンはおどけた口調で話しかけるが、黒影は何も答えない。
 トロンは軽く肩をすくめると、彫像と化した巨体に射るような視線を送る。
『まったく! いつまでぶて腐ってんのさ……レスP』
 トロンを見下ろしていた巨大な騎士は、大きなため息とともに兜につけられた面頬を跳
ね上げる。そこにはよく見知った顔があった。
『やれやれ。ようやく私の名を覚えたと思ったのにな……また逆戻りか』
 心底呆れたといった表情になるレスティーアのリアクションに満足したのか、トロンは
ニンマリと笑うと背を向けた。
『……トロン』
『ん、何さ? あらたまっ…ブホッ!?』
 神妙な口調で名を呼ばれ、いぶかしげに振り向いたトロンの頬に、絶妙なタイミングで
レスティーアの拳がめり込んだ。
 とっさのことで全員が唖然としているなか、ゴロゴロと回転を続けていたトロンは壁に
めり込み、ようやくその動きを止めた。
『痛っつうううううッ! な、何すんだよ、レスP!?』
 あたまを抱えながら、顔を真っ赤にしてレスティーアに詰め寄るが、当の本人は顔色一
つ変えない。
『この前受けた、不意打ちの礼をしたまでだ』
『不意打ちって──まだ、そんなこと言ってんの? この、石頭の唐変ぼ……ん!?』
 トロンの罵詈雑言は途中で止まってしまった。いつものレスティーアでは考えられない
ことだが、彼女は笑っていた。
『……きさまのおかげでようやく目が覚めた。礼を言うぞ……トロン』
 そう言うと、レスティーアはトロンに向かって深々とあたまを下げたが、トロンはポカ
ンと口を開けたまま、レスティーアを見上げているだけだ。
 レスティーアは、一瞬はにかんだような笑みを浮かべたが、すぐにいつもの厳しい表情
にもどるとトロンに背を向け去って行ってしまう。
「大丈夫?」
 レスティーアの背中を目で追いながら話しかけるが、トロンは釈然としないようだ。
「ごめんなさいトロン。でも、あなたのおかげであの娘はようやく過去との決別ができた
……だから自ら封印していた“黒騎士”として戦う決意をしたの」
 先輩はそこでいったん話を止めた。
「あの娘は不器用だから、自分の心を素直にあらわせない──でも、レスティーアはあな
たに心から感謝しているわ。それだけはわかってあげて?」
 心底すまなそうにあやまる姫宮先輩にも、トロンは拗ねたような態度をくずさない。
『だったらさ、『ありがとう』の一言でいいじゃないか……まったく、何考えてんのさ』
 頬をさすりながらトロンがブツブツ言っていると、遠くからレスティーアの声が聞こえ
てきた。


           『騎士は一度受けた屈辱は決して忘れん!』


                 はぁ、やれやれ……
 

         あたしと姫宮先輩は、顔を見合わせ笑ってしまった。

                    
                         ※


『……これって、結果オーライということなんでしょうか、リンさま?』
「そうみたいね」
 狐にでもつままれたような表情で話しかけてくるルーシィに、苦笑しながらあたしは答
える。
『ようするに、お二人は似たもの同士、ということではなくて?』
 特大のため息をつきながら肩をすくめるリューネ。後ろでトロンとレスティーアが『こ
んなんと一緒にするな!』と言わんばかりの顔になる。

    リューネ。気持ちはわかるけど、これ以上話をややこしくしないで!

「お、おほん! まあ、アレね。こんな所で油を売ってるわけにもいかないわ。先を急ぐ
わよ、みんな?」
「そうですね。わたし、せんぱいとなら教会だろうとホテルだろうと、どこへでもついて
いきますよ」
 必死に場を取りなそうとするあたしの背後で、世にも脳天気な声が相づちを打つ。

「……だから、なんでお前がここにいるっ!?」

 なかなか話が先に進まない今日この頃だった。

                          ※

「一ノ瀬さん、大丈夫?」
 怒りのあまり、酸欠状態にでもなったのだろうか、いきなり気の遠くなったあたしを、
姫宮先輩が慌てて抱き止めてくれた。
「これは何本に見えるかい、一ノ瀬くん?」
「……さ、三びょん……」
 心配そうにあたしの目の前で指を立てる店長さん。霞む目をこすりながらあたしが答え
ると、ホッとしたような笑みを浮かべる。
『本当に申し訳なかったでござる。隣どの』
なんか片桐と戦う前に、限りなく体力ゲージが0に近づいてきたあたしの耳に、済まなそ
うなガーネットの声が聞こえた。首を回すと、ガーネットが土下座をし、深々と地に頭を
つけていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ? なんでガーネットが謝るわけ?」
 ガーネットは、しばらくそのままの姿勢を崩さなかった

『美佐緒どのに無理を言い、店長どのに今回の戦いに無理矢理参加させてもらったのも、
すべて拙者の一存なのでござる、隣どの!』
 そう言いながら、ガーネットは頭を上げ、あたしの目を真っ正面か見つめた。その瞳に
は悲痛さともとれる光を宿していた。
「……理由を話してくれる? ガーネット」
 静かに尋ねるあたしに、ガーネットがうなずく。
『拙者はかつて、エーアストの一人と戦ったことがあるでござる』
「え?」
 ガーネットがエーアストを知っていた? それは予想もしない一言だった。あたしはし
ばらく唖然としていたが、ガーネットはそんなあたしの心情を知ってか、淡々と話を続け
た。
『ある日、拙者たちの戦いの場に“奴”はいきなり乱入してきたでござる』
 そこまで話し、ガーネットは唇を噛んだ。
『惨い戦い……いや、あれは一方的な殺戮でござった。あの“紅の鬼神”の去った後に残
ったのは、瀕死の傷を負った拙者だけでござった』
 当時の光景が脳裏をよぎったのだろうか、ガーネットの拳が堅く握りしめられた。あた
しはガーネットの話しを聞きながら、ハッと顔を上げる。
「じゃあ、美佐緒が前に話してた、ガーネットの身体をこんなにした神姫って……」
 あたしの言葉に、美佐緒が悲痛な面もちでうなずく。
『なるほどね。ガンちゃんにとっては、この戦いは弔い合戦というわけか』
『いや、拙者自身の手で弔うというのなら、残念ながら拙者の無念は一生晴れることはな
いでござる』
 そっと目を伏せつぶやくトロンだが、ガーネットの紡いだ言葉に驚き顔を上げる。
『それってどういう意味?』
『奴はある神姫たちとの激闘の末に、討ち取られたという話しでござる』
 寂しそうに微笑むガーネット。あたしは以前リベルターの言った言葉を思い出していた。

              もう、エーアストは存在しない、と。

『で、でも、それならガーネットさんが無理をしてまで戦う必要はないんじゃないですか
?』
『そういうわけにはいかないでござるよ、ルーシィどの』
 心配そうな顔のルーシィに、ガーネットが優しく微笑む。
『確かに……エーアストたちが全て亡きものになっているのであれば、拙者も諦めがつい
たでござろう──だが、そうではなかった!』
 そこまで話し、歯を食いしばるガーネット。それはあたしが初めて見た、ガーネットの
憤怒の形相だった。その迫力に気圧されたのか、ルーシィがトロンの背中に隠れてしまう。
『確かに拙者たちの行ってきた戦いにも問題があったのかもしれない。だが、拙者たちに
もルールはあった。だが奴らは違う!圧倒的な力で他者を蹂躙するだけ。奴らをのさらば
せておくことは、拙者とお館様との戦いの日々を否定することになるでござる!』
 血を吐くように叫ぶガーネット。あたしは視線を美佐緒に向けた。
「これが、あんたがこんな所にでしゃばってきた理由なの?」
 静かに尋ねるあたしに、美佐緒は力強くうなずいた。
「はい。ガーネットは、わたしにとってかけがえのない家族ですから」
「でも……これは」
「せんぱいなら、今のわたしたちの気持ち、わかってくれますよね?」
 そう言って、屈託のない笑みをみせる美佐緒。言われるまでもなくガーネットの、そし
て美佐緒の想いはあたしにだってよくわかる。あたしは美佐緒を見ながら、特大のため息
をつく。
「まったく、むかしっから変なところで頑固なんだら……美佐緒! あんた“覚悟”はで
きてるわね?」
「はいっ!」  
 射るようなあたしの視線に臆することなく、美佐緒が首を縦に振る。
『ま、丸く収まったってとこかな? それにしても……』
 あたしたち一同を見回しながら、肩をすくめつぶやくトロン。だが、急に真顔になると
ガーネットを真っ正面から見つめる。その真剣さに、何事かとあたしたちの表情も引き締
まる。
『それにしても、以外だったね……』
『な、何がでござるか、トロンどの?』
 トロンはガーネットの頭のてっぺんから爪先まで無遠慮に眺めるとポツリとつぶやいた。
『いや、ガンちゃんって……本当に“紅緒”だったんだ?』
 緊迫しきった場が、一瞬にして爆笑の渦に包まれる。
『な、何を言ってるでござるかトロンどの。だったも何も拙者最初っから紅緒でござるよ?』
『うそつけ! セーラー〇ーンとかプリ〇ュアの格好した紅緒がいるわけないだろ?』
『いや、あれは美佐緒どのが無理矢理……』
 必死に弁解を続けるガーネット。だがトロンは『信じられん』と言わんばかりに、首を
横に振るだけだ。
 薄闇に覆われ、床にはいろんなものが散らばる店内。
 こんな状況でなんなんだけど、あたしたちは笑いを止めることができなかった。

『……あの、みなさん。なんかとても楽しそうですね?』
「はい?」



 あたしたちのインカムに聞こえてきたのは、困ったような、呆れたようなリベルターの
声だった。
             

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